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自己紹介

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Profile(自己紹介)

http://www.akimasa21.net/fwd3/profile
(本ページの短縮URLです)

2012年(平成24年)3月1日現在

a:3466 t:5 y:4

Profile(自己紹介)

山本明正からのご挨拶です

「AKIMASA.NET」にようこそお越しくださいました。当Webは、Akimasa個人が広島から発信するホームページです。どうか時間の許す限りごゆっくりとお過ごし下さい。

Web名、「AKIMASA.NET」
管理人、"YAMAMOTO,Akimasa"、このページです(自己紹介)
考え方、"policy(サイト運営方針)"、著作権&リンク等について
発信地、広島県広島市/地元新聞・「中国新聞」
連絡先、"e-mailアドレス"

近況等については、What's Newをご覧下さい。

本人および家族

山本明正(あきまさ)、子年1月備後国に生まれる、団塊の世代一期生
妻(新潟県西蒲原郡 出身)、一男二女(さらに、四男一女)

小学校入学(尾道市内)直後、安芸国(現、広島市安佐北区)に移転。その後、現在の安佐南区を経て、小学校4年冬より五日市町(現、広島市佐伯区)に落ち着き、高校卒業までを過ごす。広島東洋カープ元選手、監督の山本浩二さんは、私の1年先輩です。
(小・中・高校を通じて)
出身大学学部(徳島市)には、日本薬学の始祖・長井長義博士(エフェドリンの発見者)ゆかりの「長井記念ホール」があります。

関東甲(信)越で過ごしたのち、広島へ

1948(昭和23)年 1月、広島県三原市生まれ
1970(昭和45)年 3月、徳島大学薬学部卒、薬剤師
1970(昭和45)年 4月、製薬会社(本社、大阪・道修町)入社
1970(昭和45)年 4月、大阪(入社後研修)
1970(昭和45)年 7月、新潟(4年3か月)
1974(昭和49)年10月、東京・神奈川(4年半)
1979(昭和54)年 4月、山梨(7年半)
1986(昭和61)年10月、広島(3年半)
1990(平成 2)年 3月、山口(4年半)
1994(平成 6)年 9月、広島
2008(平成20)年 1月、定年退職

2008(平成20)年 1月、定年退職後再雇用
2012(平成24)年 1月、再雇用満期4年終了、退職
2012(平成24)年 2月、調剤薬局グループ入社(正社員)
2012(平成24)年 3月、調剤薬局管理薬剤師

私の入社した製薬会社は、かつて大阪・道修町(どしょうまち)御三家の一つとされ、抗生物質メーカーとして一世を風靡した会社である。最初の赴任地は新潟、そしてその後も、いわゆる関東甲信越地方(ただし信州を除く)で、大学病院および関連病院を中心に、MR(医薬情報担当者)として従事。広島転勤後は、さらに精神科、開業医等あらゆる種類の医療機関を担当。

山口時代は、下関にて単身赴任。その後、再び広島勤務、管理薬剤師。中四国のDI(Drug Information)業務、計数管理等のパソコン業務を経験した上で、再度現場にて活動中。2004年7月、コンピュータ関連の担当(パソコンインストラクタなど)を辞す。

管理薬剤師業務について

私は、定年退職後も再雇用者として、従来と全く変わらない業務についていた。ところが、定年退職後一か月以上経過した2008年2月半ば、突然本社命令にて管理薬剤師を罷免されてしまった。非正規社員に管理業務を任せるわけにはいかない、というのがその理由のようであった。

私は、もちろんその日まで管理帳簿をきちんとつけていた。そして、広島県に対する新旧管理薬剤師交代の届けも2月日付で行った。それにもかかわらず、退職後の管理薬剤師手当てが私に支給されることはなかった。本社での書類上の任免が、1月の退職日にさかのぼっていたためである。

そうなると、私の退職後一か月あまりの間、誰がどの様な資格において、事業所管理薬剤師業務を果たしていたことになるのか不明朗となる。ラインを通じて本社に問い合わせるも「全くなしのつぶて」であった。ラインと本社(人事部あるいは薬事関連部署)間で、きちんとした意志の疎通を図ることができなかったためである。

2008年8月になって、やっと、私にひと月分の手当てが支給された。私が人事部にかけあって直接交渉をした結果である。これによって、ようやく勤務の実態と届出書類との整合性が取れたことになる。東証一部上場(信用銘柄)企業としては、あまりにもおそまつな顛末であった。

読書歴

  • 0344 「知的生産の技術」(岩波新書)、梅棹 忠夫著、徳島
  • 0368 「人間であること」(岩波新書)、時実 利彦著、大阪
  • 0392 「沈黙の春」(新潮社)、レイチェル・カーソン、新潟
  • 0912 「冒険と日本人」(実業之日本社)、本多 勝一著、横浜
  • 1383 「東アジアと日本海文化」(小学館)、森 浩一編、甲府
  • 1595 「応用 MS−DOS」(アスキー)、村瀬 康治著、広島
  • 1997 「評伝 今西錦司」(山と渓谷社)、本田 靖春著、下関
  • 2065 「梅棹忠夫著作集別巻(年譜・総索引)」(中央公論社)、直接
  • 2575 「インターネット完全活用編、大学生のためのレポート・論文術」(講談社現代新書)、小笠原喜康著、広島

以下略。

スポーツ歴

  • 聖火リレー、熊本国体(中1)、伴走のみ
  • 聖火リレー、東京オリンピック(高2)、伴走のみ
  • 駅伝、中国中学校駅伝(呉〜広島間)出場、中学3年(1962年秋)
  • 駅伝、中国駅伝(福山〜広島間)出場、高校2年(1965年冬)
  • 登山、立山・剱岳、大学1年(1966年夏)
  • 登山、後立山縦走(白馬岳〜野口五郎岳方面)、大学2年(1967年夏)
  • 登山、立山・剱岳・薬師岳、大学3年(1968年夏)
  • ヨット、Y−15級 全日本選手権(江の島)、社会人9年(1978年秋)
  • ヨット、Y−15級 全日本選手権(葉山)、社会人10年(1979年秋)
  • 百名山、
    剣山(徳島)、立山(富山)、剱岳(富山)、恵那山?、白馬岳(長野)、五竜岳(長野)、鹿島槍岳(長野)、薬師岳(富山)、金峰山(山梨)、北岳 雨天敗退
  • 広島百山、現在は広島の里山を中心に山歩を楽しむ(2000年07月より)
  • 山行にドクターストップ(2005年08月)
  • 不整脈完治・カテーテルアブレーション(2006年05月)、山行再開
  • 左ひざ関節痛(2007年暮〜翌春)、その間加療のため山行自粛
  • 白内障手術 ― 眼内レンズ挿入、両眼(2011年02月)

コンピュータ歴

  • 日本電気、PC9801(後に486改造)VX2、デスクトップ(1987年)
  • 東芝、DYNABOOK SS001、ノートブック(1990年)
  • コンパック、COMPAQデスクプロ 4/33i、DOS/V(1993年)
  • ヒューレット パッカード、100LX、超小型コンピュータ(1994年)
  • IBM、ThinkPad 530CS、DOS/V ノート(1996年)
  • DOS/V パラダイス、Celeron 466MHz、ミドルタワー(1999年)
  • DELL Dimension 4500C、2.40B GHz(2003年)
    Bフレッツ(ファミリー100)接続
  • 東芝DynaBook、ノートブック、Windows Vista(2009年)
  • DOSPARA、Primeノート、Windows XP(2009年)
  • iPhone3、32GS(2010年)、後にOS入れ替え4.0へ
  • DOSPARA、Primeデスクトップ、Windows 7(2011年)

年末年始ご挨拶

以下にて、年末年始のごあいさつ葉書の内容をまとめてみました。
ただし、内容については、一字一句すべて同じというわけではありません。

2011年(平成23年)12月、新たな旅立ちに向けて

今年も余すところ残りわずかとなり、皆さま方にはさぞかしお忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。さて今般、私の身辺に大きな変化が生じましたので、ご報告申し上げます。

***製薬株式会社(定年延長後、退職)

60歳定年後再雇用、満期4年を迎え退職します
最終出社日(2011年11月11日)

森と水と土を考える会(創立20周年誌、脱稿)

所属会の創立20周年記念誌編集長を務めています
自然とは、祖先からの授かりものではなく、
子孫からの預かりものである

広島医療情報研究会(再び会員となる)

会社との”しがらみ”から解放され、一個人として再出発します

最後に、長年にわたってお世話になったすべての方々のご指導に感謝いたしますとともに、ご本人およびご家族の皆様方の益々のご健勝を心よりお祈り申し上げます。なお私は、1948年(昭和23)子年1月生まれ、年が明けるとすぐに満64歳となります。

2010年(平成22)12月、***製薬での生活も、あと一年限りとなりました

今年も余すところ残りわずかとなり、皆様方にはさぞかしお忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。
さて私は、明けてすぐ満63歳になります。年明け後も、定年後再雇用者(MR:医薬情報担当者、みなし労働)として従事いたしますので、変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
なお、私たちの年代の再雇用期間は、満64歳誕生日(最大限)までと定められています。したがって、私が***製薬でお世話になるのも、あと一年限りであることを申し添えさせていただきます。
最後に、以下の近況報告をもって新春のご挨拶の代わりとし、皆様方の益々のご健勝を心から祈念いたします。

所属会「森と水と土を考える会」(環境保護団体)
創立20周年記念誌の編集人を務めています。やっと、文章および資料等の準備が整い、年末年始から本格的な編集作業に入っています。今春の完成予定(A4版、300ページ超)、概略は、下記Webにて。(後日注記:2011年冬~2012春完成見込み)

「AKIMASA.NET」(自分メディアとしてのホームページ)
― 21世紀は環境の世紀 ―
(このWebのことです)

所属会「広島医療情報研究会」(薬剤師を中心とした団体)
諸般の事情により、退会届を提出し受理されました。

2010年(平成22)元旦、諸事滞っています

「森と水と土を考える会」二十周年記念書籍、作成準備中
所属会の資料作成準備中にて諸事滞っております。
(少々、心と体のバランスを崩しております)
昨年は、恒例の年末挨拶ハガキも作成することができませんでした。今年の年賀ハガキも出しておりません。この文章にて、新年ごあいさつに代えさせていただきます。
皆様方のご多幸をお祈りしつつ!!

2008年(平成20年)12月、今年1月に還暦を迎えました

今年も余すところ残りわずかとなり、皆様方にはさぞかしお忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。さて私は、60歳(還暦)定年退職後も***製薬株式会社で現役MR(医薬情報担当者)として働いております。来年も継続予定でおりますので、今後とも変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
最後に、以下の近況報告をもって年末のご挨拶に代えさせていただきますとともに、皆様方のご健勝を心から祈念いたします。

  • 自著「細見谷渓畔林と十方山林道」
    中国新聞(昨年12月)、朝日新聞(今年1月)および毎日新聞(同5月)にて紹介されました。また、所属会「広島医療情報研究会」で 「自著を語る」と題して1時間の講演(同9月)を行いました。
  • 次著「細見谷と十方山林道」
    所属会「森と水と土を考える会」創立20周年記念書籍の編集人を務めることになりました。

2007年(平成19年)12月、まもなく還暦を迎えます

今年もはや残り少なくなり、皆様方には何かとお忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。以下で、今年印象に残った出来事をご紹介して、年末のご挨拶に代えさせていただきます。

  • 自著「細見谷渓畔林と十方山林道」出版
    新風舎(2007年10月25日)、1800円+消費税
    ISBN:978-4-289-02924-2
    一般書店(注文)、インターネット書店(アマゾン等)で購入可
    中国新聞にて紹介(2007年12月23日付け朝刊)
    「団塊SQUARE」のコーナー
  • 左ひざ関節痛のため、山行自粛中
    滑膜ひだ(タナ)障害、レントゲン写真・触診による(MRI未実施)

変形性膝関節症あり、階段の上り下り禁止
消炎鎮痛剤/朝夕内服、ヒアルロン酸ナトリウム/週1回注射
1クール5回終了、約一か月後2クール目開始予定

さて、年が明ければ子年、昭和23年生まれの私はすぐに60歳(還暦)となり定年退職いたします。ただし、その後も現状のまま働くことにしておりますので、今後とも変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。最後に、皆様方のますますのご健勝を心から祈念いたします。

2006年(平成18年)12月、70歳現役をめざして

はや今年も残り少なくなり、皆様方にはお忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。以下で、今年印象に残った出来事をご紹介して、年末のご挨拶とさせていただきます。なお私は、昭和23年(1948年)子年1月生まれ、年が明けると満59歳になります。

  • 所属会資料集「細見谷と十方山林道2006」、5月完成
    編集責任者を無事務める
    副題:"2002年版"刊行後の活動記録
    十方山林道(細見谷林道)の緑資源幹線林道化事業に伴う
    環境保全に関する意見書・要望書等を中心として
  • 「不整脈」、5月完治
    高周波カテーテル・アブレーション(心筋焼灼術)
  • 「男児誕生」、母子ともに健康
    末っ子長男第一子(その他、小5男、小1女)
  • 自著「細見谷渓畔林と十方山林道」、12月現在ほぼ完成
    2007年春、自費出版予定

今年お世話になったすべての方々のご指導に感謝いたしますとともに、ご本人およびご家族の皆様方の益々のご健勝を心よりお祈り申し上げます。なお、これにて年賀のご挨拶は失礼させていただきます。

2005年(平成17年)12月、なんとか歩き続けています

はや今年も師走となり、皆様方にはお忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。以下で、今年印象に残った出来事をご紹介して、年末のご挨拶とさせていただきます。なお私、昭和23年(1948年)子年1月生まれ、年が明けると58歳になります。

  • 中国地方の山100選(私の踏み跡)
    山歩35回(年末予定を含む)、今年は夏場二か月間完全休養
    廿日市市(はつかいち〜し)の山(宮島、極楽寺山、吉和冠山、十方山など)、安佐北の山(白木山など)etc
  • 第38回日本薬剤師会学術大会(広島)
    広島にて同窓会開催
    出身大学病院教授・薬剤部長(2年後輩)招聘
  • ホームページ引越し
    独自ドメイン取得

今年お世話になったすべての方々のご指導に感謝いたしますとともに、ご本人およびご家族の皆様方の益々のご健勝を心よりお祈り申し上げます。なお、これにて年賀のご挨拶は失礼させていただきます。(喪中ではありません)

2004年(平成16年)12月、まだまだ元気で歩いています

はや今年も師走となり、皆様方にはお忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。私自身は昭和23年(1948年)子年1月生まれ、来年57歳になります。以下で、今年印象に残った出来事をご紹介して、年末のご挨拶とさせていただきます。

  • ひろしま百山(私の踏み跡)
    山歩42回(予定を含む)、ただし薬剤師研修会出席率急降下
  • 末っ子長男結婚
    結婚生活32年、二人だけの静かな毎日を過ごしています
  • ココログ(blog)始めました
    単なる新し物好きということです

今年お世話になったすべての方々のご指導に感謝いたしますとともに、ご本人およびご家族の皆様方の益々のご健勝を心よりお祈り申し上げます。 なお、これにて年賀のご挨拶は失礼させていただきます。(喪中ではありません)

2003年(平成15年)12月、今年も元気で歩いています

はや21世紀三度目の師走に入り、皆様方にはお忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。私自身は昭和23年(1948年)子年1月生まれ、来年56歳になります。以下で、今年印象に残った出来事をご紹介して、年末のご挨拶とさせていただきます。

  • 十方山林道(細見谷)、Jipposan
    登山3回、現地観察会2回、勉強会等4回
  • 同期会(学生時代)、京都・嵐山
    鹿苑寺(金閣)、龍安寺(石庭)、広隆寺(弥勒菩薩)など
  • 宮島「悠久の森」クスノキ手入れ作業
    厳島神社“大鳥居”建て替え用材育苗(樹齢400年目標)

今年お世話になったすべての方々のご指導に感謝いたしますとともにご本人およびご家族の皆様方の益々のご健勝を心からお祈り申し上げます。なお、これにて年賀のご挨拶を失礼させていただきます。(喪中ではありません) − 住所変わりました −

2002年(平成14年)12月、AKIMASA.NET、ひろしま百山(私の踏み跡)

はや21世紀二度目の師走に入り、皆様方にはお忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。私自身は、昭和23年(1948年)1月生まれ、来年55歳になります。以下で、今年最も印象に残った山、十方山(じっぽうさん)・広島県吉和村および戸河内町(標高1318.9m)をご紹介して年末のご挨拶に代えさせていただきます。

  • 2002年11月23日、EIKO
    十方山林道沿いの細見谷・渓畔林を歩く
    (紋次郎こと中村敦夫参議院議員同行)
  • 2002年11月16日、単独
    吉和・瀬戸谷コースで山頂往復
  • 2002年11月02日、10日、単独
    内黒峠コース、2週連続で雪のため敗退
  • 2002年08月10日、EIKO、KEN、MOMO
    細見谷・小型サンショウウオ観察会&調査
  • 参考:2001年11月11日、単独
    吉和・瀬戸谷コースで山頂往復(初登頂)

十方山細見谷の渓畔林(渓谷に沿って存在する林)は、中四国で唯一のものであり、ブナ帯(イヌブナ)自然林として生態学的に非常に貴重な資源である。専門家からは、西の”白神山地(世界登録遺産)”との高い評価を得ている。
なお、我が家は喪中ではありませんが、これにて年頭のご挨拶を失礼させていただきます。

後日注:
”貴重”な資源、とは確かに不適切な言葉使いである(金井塚務さん)。貴重でない資源はない。ここは、特異な、あるいはユニークな、と読み替えることにする。

2001年(平成13年)12月、喪中につき年頭のご挨拶を失礼させていただきます

●新潟の義父を亡くしました(4月)
享年77歳、連れ合いに先立たれて2年足らずでした
○剣山(つるぎさん:1955m、徳島県)、再訪(8月)
学生時代以来33年ぶり
EIKO、母(大正10年生、今年80歳)、次弟同行
天涯の花”キレンゲショウマ”を堪能してきました

私自身は、昭和23年(1948年)1月生まれ、来年54歳になります。今年お世話になったすべての方々のご指導に感謝いたしますとともに、ご本人およびご家族の皆様方の益々のご健勝を心からお祈り申し上げます。 また、米国同時多発テロおよびそれに伴うアフガン戦争の犠牲者の方々に対して心から哀悼の意を表します。

2000年(平成12年)12月、今世紀最後のご挨拶を申し上げます

いよいよ今世紀最後の師走、皆様方には如何お過ごしでしょうか。我が家では、今年は特別なイベントもなく心静かに21世紀を迎えようとしております。

  • 妻、長女夫婦(一男一女)、二女夫婦、長男、みんな元気でやっています
  • 母(大正10年生まれ)も健在です
  • 山歩(さんぽ−低山徘徊)再開(時々妻孫同行)
    夢は”再び北アルプスへ!”
  • HomePage開設1周年
    「日本百名山Webの旅」完成
  • 同期会2つ
    高校時代:6月広島市・西区にて(8年ぶり)
    大学時代:9月京都・南禅寺にて(卒後初めて)

私自身は、昭和23年(1948年)1月生まれ、来年53歳になります。同級生の関心事も、そろそろ子育てから結婚問題へと移りつつあるようです。また、中には自分自身あるいは配偶者の病気、そして介護とまだまだ気が抜けない世代でもあります。お互い、あともう一踏ん張りするために出来るだけ丈夫で長持ちしたいものです。
以上、今年お世話になったすべての方々のご指導に感謝いたしますとともに、ご本人およびご家族の皆様方の益々のご健勝を心からお祈り申し上げます。
なお、これにて年賀のご挨拶は失礼させていただきます。

1999年(平成11年)12月、喪中につき年頭のご挨拶を失礼させていただきます。

5月の連休中に新潟の義母を亡くしました。満70歳でした。ちょうど田植えの季節、あたり一面360度見渡す限り水を張った田んぼの中、土に生まれ土に生きた義母にふさわしい野辺の送りをすることができました。

私自身は、昭和23年(1948年)1月生まれ、来年52歳になります。団塊の世代(1947、48、49〜50年生まれ)1期生です。来年で仲間もみんな50歳代(ニューフィフティーズ)、そろそろ発揮しよう、老人力!

今年4月・長男就職、8月・長女出産、9月・二女結婚

ところで、いよいよ新しい世紀(千年紀−ミレニアムmillennium)に向けてあと1年と少し、今度こそすべての人々がそろってhappyな気持で大きな区切りを迎えられますように。まずは乗り越えよう、Y2K!

今年お世話になったすべての方々のご指導に感謝いたしますとともに、ご本人およびご家族の皆様方の益々のご健勝を心からお祈り申し上げます。

1999年(平成11年)元旦、あけましておめでとうございます

昭和23年(1948年)1月生まれ、今年51歳になります。一病息災、パソコン性高血圧症(境界型)と仲良く付き合いながら、前向きな気持で新年を迎えております。
21世紀まであと731日、すべての人がhappyな気持で新しい世紀を迎えられますように。

1998年(平成10年)元旦、あけましておめでとうございます

昭和23年(1948年)1月生まれ、今年50歳になります。お蔭様にて、しばらく続いた服薬生活からも解放され、ますます元気で新年を迎えております。

1997年(平成9年)元旦、あけましておめでとうございます

年男の昨年は色々なことがありました。盛りだくさんのイベント(トラブル?)をこなし、今年も元気で新しい年を迎えております。

  • 2月、長女に長男誕生(親子3代の子年生まれです)
  • 3月、25年勤続表彰
    (1995年中に満25年を迎えた者で、年末現在在籍者)
  • 4月、Windows95搭載ノートパソコン購入(組合積立金返還)
    研修認定薬剤師となる(1単位1時間30分〜2時間、合計40単位)
  • 6月、家族性高脂血症(確定診断?)食事療法のみ
    パソコン性高血圧症(自己診断名)、ADALAT-L-20、朝1錠
    173cm、75kg→68kg(減量)、1日1700kcal
  • 8月、初入院4泊5日(心臓カテーテル等検査、極めて正常)
  • 9月、引越し23回目(本籍地で生まれて以来)
    PC(パソコン)インストラクタ就任
  • 10月、四国一周の旅(やり直し新婚旅行)
  • 12月、眼鏡新調、その他

1996年(平成8年)元旦、あけましておめでとうございます

1948(昭和23)年1月子年生まれ 今年48歳、年男です。初夢のおめでたいものに 一富士、二鷹、三茄子といいます。今年は富士山のお話から始めましょう。

学生時代の私は山歩きをしていました。剣山(徳島県)をホームグラウンドにしており、十数回登りました。夏には北アルプスに3年連続で通いました。剱岳−富山県−では御来光を拝むことができました。雲海の向こうに生まれて初めて富士山を見ました。

富士を間近に見たのは初めて乗った新幹線の車窓からでした。本社での入社後研修(大阪府)を終えて赴任地(新潟県)に向かう途中のことでした。

富士山は関東の各地から見ることができます。冬の雪で白くなったころが特にきれいです。相模湾(神奈川県)のヨットからは青い海に浮かぶ白い富士を見ました。甲府(山梨県)に住んでいたころは、自宅から毎日富士山を眺めていました。

富士山に実際に登る機会はありませんでした。一度は登ってみたい山です。第72回東京箱根間往復大学駅伝競争(東京都)、ことしの富士はどの様な表情を見せてくれるのでしょうか。とても楽しみです。

  • 1年夏、立山・剱岳
  • 2年夏、後立山縦走(白馬岳〜野口五郎岳方面)
    杓子岳、鑓ケ岳、唐松岳、五龍岳、鹿島槍ケ岳、爺ケ岳、蓮華岳、烏帽子岳
  • 3年夏、立山・剱岳・薬師岳

条件より好きを!!

1995年(平成7年)元旦、あけましておめでとうございます

昨年夏転勤となり、ふたたび広島にて勤務いたしております。下関での単身赴任生活には4年半でピリオドをうちました。この機会に、高校卒業後に私が移り住んだ土地を、思いで深い本とともにご紹介して、ごあいさつといたします。

1966(昭和41)年 4月より、徳島(学生生活4年)
1970(昭和45)年 4月より、大阪(入社後研修)
1970(昭和45)年 7月より、新潟(4年3ヶ月)
1974(昭和49)年10月より、東京・神奈川(4年半)
1979(昭和54)年 4月より、山梨(7年半)
1986(昭和61)年10月より、広島(3年半)
1990(平成 2)年 3月より、山口(4年半)
1994(平成 6)年 9月より、広島

0344 「知的生産の技術」(岩波新書)、梅棹 忠夫著、徳島
0368 「人間であること」(岩波新書)、時実 利彦著、大阪
0392 「沈黙の春」(新潮社)、レイチェル・カーソン、新潟
0912 「冒険と日本人」(実業之日本社)、本多 勝一著、横浜
1383 「東アジアと日本海文化」(小学館)、森 浩一編、甲府
1595 「応用 MS−DOS」(アスキー)、村瀬 康治著、広島
1997 「評伝 今西錦司」(山と渓谷社)、本田 靖春著、下関
2065 「梅棹忠夫著作集別巻(年譜・総索引)」(中央公論社)、直接

お世話になったすべての方々のご指導に感謝いたしますとともに、ご本人およびご家族の皆様の益々のご健勝を心からお祈り申し上げます。

1994年(平成6年)元旦、あけましておめでとうございます

第12回アジア競技大会広島1994、10月2日〜16日

今年10月、広島でアジア競技大会が開かれます。日本では東京に次いで二度目、首都圏以外では初めての開催です。メイン会場の「広島広域公園陸上競技場」は、現在開発中の「広島西部丘陵都市」(計画人口約10万人)に隣接して新たにつくられました。私の育った町、五日市町の北側にあたります。

大会の運営準備には、私の恩師、友人・知人、兄弟がたずさわっています。今秋、「国際平和文化都市」広島が燃えます。ぜひみなさんで応援して下さい。

  • 聖火リレー、熊本国体(中1)、東京オリンピック(高2)、ともに伴走
  • 駅伝、中国中学校駅伝(呉〜広島間)出場、五日市中学3年
  • 駅伝、中国駅伝(福山〜広島間)出場、佐伯陸協B(廿日市高校2年)

参考文献:
No.1641、「熱走譜」中国駅伝55回史、中国新聞社(1988年)
No.1791、「力走」中国中学校駅伝50回史、中国新聞社(1989年)

EKIDEN(駅伝)は今や国際語だそうです。緑美しい地球を後世に確実にタスキリレーしてゆきたいものです。

1993年(平成5年)元旦、あけましておめでとうございます

社会人となってはや22年余りたち、学校を卒業するまでの時間よりも、社会人になってからの時間の方が長くなりました。区切りの意味で、家族の近況をもってごあいさつといたします。

  • akimasa、広島県生まれ、団塊の世代一期生。製薬会社宇部分室勤務、薬剤師。下関にて単身赴任生活3年目(今年45歳)
  • 妻、新潟県出身、看護婦。今年度の自治会会長をつとめ、留守宅を守る
  • 長女、昨年二十歳(はたち)となり成人式もすませる。広島にて無事就職決定、今春より社会人
  • 二女、受験戦争真っ只中、東京往復二度三度。はたして花の女子大生誕生なるかどうか?
  • 長男、高校一年生、やっとの思いで高校入学をはたす。背の高さだけはすでに親を越え(175cm)、陸上競技トラック400m、53秒弱

老いることは恥ではない
ジョージ・フォアマン(米国、元プロボクシングヘビー級チャンピオン)

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