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嘉納山(山行記) <嘉納山 展望図>山口県 <はじめに>
嘉納山からは360度の展望が楽しめる。 この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図 嘉納山311:文殊山の左奥に琴石山、など 嘉納山311:文殊山の左奥に琴石山、など
2005年01月22日(土)山行記の一部として 嵩山方面から再び嘉納山に帰り着いてみると、バスハイクの団体さんが複数組陣取っているなど、山頂は大盛況である。山口の人は、まず文殊山の方を向いて、左の琴石山、さらにその左の柳井の町に目が行くらしい。市街地の奥に石城山も何とか分かる。 文殊山の真後ろの弟見山や馬糞ヶ岳まで見えているようだが、霞の中ではっきりしない。なにしろ初めて見る山並であり同定までには至らない。 嘉納山347: 文殊山の右奥に銭壷山など、および広島県西部の山々
2005年01月22日(土)山行記の一部として 文殊山の右奥に銭壷山を見る。一番後ろのラインは、安蔵寺山、羅漢山、寂地山、吉和冠山なのだろうか。ほんのりと見えているだけで山の形ははっきりしない。それらの右下、福島の左上に煙が何本か立ち昇っているのが分かる。大竹のコンビナートであろう。残念ながらその奥は全く見えない。 嘉納山022:宮島、鈴ヶ峰、古鷹山など
2005年01月22日(土)山行記の一部として 山口の人が、宮島をさがしているようだ。前島の斜め左奥にあるのだが、今日は本当にうっすらとしか見えていない。岩船岳と弥山の二つのブロックに分かれているのがかろうじて確認できる。 前島右奥の甲島(中央部が尖がる)まで何とか分かる。その奥に、鈴ヶ峰〜大茶臼山〜武田山が入る。双眼鏡を取り出す。山があるらしいという程度しか見えない。 港の沖合いに伊勢小島を見る。その左奥の大黒神島、かなり右奥の陀峯山は、二つとも確か採石場があったはずだ。白い肌が見えているようだ。しかし、その奥はもう見えない。 嘉納山063:(嘉納山)〜630m台〜嵩山縦走路の向こうに、 柱島など
2005年01月22日(土)山行記の一部として (嘉納山)〜630m台〜嵩山縦走路の向こうを見る。島嶼部がかなりはっきり見えている。山口の人が柱島をさがしている。戦艦陸奥が謎の大爆発を起こして轟沈した島だ。その記念館(陸奥記念館)が周防大島にある。でも同じ島の中なのに遠いんだ、という話をしている。初めて知った。帰りに寄ってみることにする。嵩山の左奥に見えている大見山〜鯛峰あたりまで行くのだろうか。沈没場所が東経132度24分、北緯33度58分とあったので記入してみた。ただし、柱島−周防大島の中間地点になってしまった。もともと秒単位の記載ではないし、測地系(Tokyoなど)の違いもあるのかもしれない(後日の検討課題)。 嘉納山122:嵩山の右奥に四国の雪山をみる
2005年01月22日(土)山行記の一部として 周防大島(白木山、佐連山、伊崎山)の向こうに四国の山々を見る。しばらく山頂でねばっていると、雲とも雪とも区別できない連なりがうっすらと浮かび上がってきた。嵩山〜由利島の奥に白い峰が三つ見える。一番高い山が石鎚山で間違いないだろう。そこから右へ、すっと薄い線がみえている。 嘉納山184:源明山の後に平群島、その後は佐田岬半島
2005年01月22日(土)山行記の一部として 源明山の後に、平群島(深山、長深山)がはっきりと見える。その後の佐田岬半島(出石山812m、銅ヶ鳴766.8m、堂堂山397.1m、大峰358.3m、石神山302.7m、見晴山395.1m、伽藍山413.9m、佐田岬60m台)は分からない。 嘉納山245: 馬の背〜頂海山の向こうに、皇座山、大星山など
2005年01月22日(土)山行記の一部として 馬の背538.0m〜頂海山454.9m(いずれも未記入)の向こうに、皇座山、大星山を見る。山口の人が、皇座山の左端が上関だと周りの人に教えている。その向こうは全く見えない。 嘉納山276:大星山、石城山など
2005年01月22日(土)山行記の一部として 大星山、石城山の後はほとんど分からない。 Akimasa Net |