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日本の薬害・公害 <サリドマイド事件> サリドマイド事件とは、睡眠・鎮静剤サリドマイドを妊婦が服用することによって、胎児に奇形(特に上肢の短縮)を生じた 世界的な薬害事件のことをいう。なお、サリドマイドの催奇性を疑うレンツ警告( 西ドイツ)が出されたのは、1961年11月のことであり、発売開始から丸4年が経過していた。 2007.11.27(火)最新、"サリドマイドとは"を全体にわたって改稿 サイト内関連ページ(日本の薬害・公害) <サリドマイドとは> 日本国内のサリドマイドは、大日本製薬(株)が独自の製法を用いて合成を行い、1958年から販売を開始していた。その大日本製薬を中心とした国内での回収作業が大幅に遅れた間にも、多くの患者が発生している。国・製薬企業の責任は非常に大きいといわざるを得ない。 ある化合物が治療薬として認められるためには、その化合物が人間にとって有効であり、かつ安全性が高い ことが確かめられなければならない。それを証明するために実施される臨床試験のことを、特に治験(ちけん)といっている。新薬開発のための、治療を兼ねた試験という意味であり、通常数千人規模の患者を対象に実施されるものである。 日本国内で治療薬として認められるためには、治験の結果を元に、中央社会保険医療協議会(通称:中医協、厚生労働大臣の諮問機関)による審査を受け、最終的に<承認>されなければならない。 こうして承認された薬剤、すなわち<医療用>医薬品は、大部分が<薬価基準>に<収載>されることによって、いわゆる保険が利く薬となる。
日本国内では、サリドマイドは未だに承認が取り消されたままの状態にある。つまり、サリドマイドは保険が利かない薬剤であり、国内で製造販売はされていない。ところが近年は、ある種のがん患者を中心に、医師を通じた個人輸入が急増し、2003年度の輸入量は約53万錠に上っている。もちろん全額自己負担である。 サリドマイドの承認申請をめざしている製薬会社(本社・大阪府松原市)では、24日には既に被害者団体と面談したとしており、引き続き被害者団体とも話し合う場を設けたいとしている。まもなく治験が開始されるものと思われる。 ノーベル化学賞 2001年度ノーベル化学賞に野依良治(のより・りょうじ)名古屋大学大学院 スエーデン王立科学アカデミーは2001年度のノーベル化学賞を “触媒による不斉合成(Catalytic asymmetric synthesis)” の業績に対して贈ることを決定した。その半分は "キラル触媒による不斉水素化反応の研究" に対するものであり、米国のウィリアム・ノールズ氏(William S.Knowles、米モンサント元研究員)と野依良治氏(名古屋大学大学院教授)に連名で、残り半分を "キラル触媒による不斉酸化反応の研究" に対し、米国のバリー・シャープレス氏(K.Barry Sharpless、米スクリプス研究所教授)に贈ることを決定した。 日本人のノーベル化学賞受賞は、昨年の白川英樹筑波大学名誉教授に引き続くもので日本の化学の水準の高さを示す結果となった。なお、日本人のノーベル賞受賞者は野依教授も含めて全部で10人である。 2002年度ノーベル化学賞: 不斉合成 参考資料:ニュートン特別インタビュー 野依:ものの形には二つしかありません。一つは左右対称で右と左の区別がないもの。もう一つは左右の区別があるものです。たとえば、野球の世界でいうとボールは左右対称ですが、グローブには左右の区別があります。 有機化合物で基本となるのは炭素(C)である。その炭素には腕が4本あり、炭素同士あるいは他の原子(分子)と結びつく。そして、炭素同士が鎖状に連なっ ここで、炭素に結合している4つの原子(分子)が全て異なるとき、ちょうど人間の右手と左手のように、鏡に映すとぴったり重なる関係にある2つの物質(鏡像体、光学異性体))が存在することになる。このような炭素(不斉炭素)を含む分子を「不斉である」「キラルである」といい、左右型をつくり分けることを不斉合成という。 生体内(生化学反応)では不斉合成はごく当たり前に行われている。例えば、糖類はすべて右手型であり、アミノ酸はすべて左手型である。それぞれの反対型は生体内には全く存在しない。しかし、人工的な化学合成において、左右型のつくり分けはそれほど簡単なことではなかった。 野依教授は、世界で初めて「右手型」と「左手型」の人工的なつくり分けの可能性を示唆し、その後自らBINAP触媒というものを開発してそのことを実証した。この技術を用いて、1983年に世界初の不斉合成による工業化が日本で実現した。対象となったのは ”L-メントール” で、高砂香料工業(株)において、野依教授の研究グループや大阪大学などとの共同研究によって製造方法が確立された。 左手型メントール: 右手型メントール: その他の実用化例: 光学異性体の物理化学的な性質はほとんど同じだが、旋光性(直線偏光がその物質を通過するとき偏光面が回転する現象)が異なる。回転方向が右回りの場合を右旋性(dextrotatory)といい、d または + を付けて表し、左まわりの場合は左旋性(levorotatory)といって、l または - を付けて表す。さらに、結合する置換基の順位付けをして、その並び方の約束から定める区別もあり、R とS、あるいは旧来の D と L で分類する場合もあるので注意が必要である。 サリドマイド事件 サリドマイド事件とは、睡眠・鎮静剤サリドマイドを妊婦が服用することによって、胎児に重度の四肢奇形(特に上肢)等を生じた世界最大の薬害事件のことをいう。 サリドマイドには「不斉」炭素が一つある。したがって、右型左型が存在するわけであるが、睡眠・鎮静作用があるのは「右手型」で、「左手型」には催奇性による四肢の矮小化等の作用があった。とするならば、この両者を分離して市販していれば悲劇は避けられたのであろうか。残念ながら、そうとばかりは言えないようである。 まず第一に、催奇性が「左」「右」両者のうち一方のみにあるということは事件後にわかったことである。また、たとえ、事件前にその事実をつかんでいたとしても、両者を完全に分離生産する技術は当時まだ確立されていない。さらに言えば、その後の研究によると、サリドマイドの場合、右手型も体内で少しづつ左手 サリドマイドが市場に登場した段階ですでに悲劇は始まっていた。医薬品を製造販売することの厳しさを示す事件である。 サリドマイドの誕生 サリドマイドは、最初1953年チバ製薬(スイス)でグルタミン酸誘導体として製造された。しかし、薬理作用がないということで開発は中止されていた。その後、グリュネンタール社(西独)で改めて合成、臨床治験が行われ、1957年(昭和32年)10月1日、睡眠薬、精神安定剤として「コンテルガン」の名前で発売された。 睡眠薬としての特徴は、即効性があり、朝の持ち越し効果がないというものであった。大量でも致死的でないので自殺目的に使用できないということから、大衆薬(医師の処方箋を必要としない)として取り扱われ、最も人気の高い睡眠薬となった。また、”つわり(妊娠6週前後に多発)”にもよく効くとして妊婦にも投与された。 サリドマイドは、提携会社を通じて世界中(米国を除く)で販売された。その数は、欧州11、アフリカ7、アジア17、および西半球11カ国に及び、各国でそれぞれ異なった商品名で販売された。また、他の薬との複合剤としても幅広く使用された。 このため、サリドマイドの催奇性が全世界のマスコミで取り上げられるようになってからも、自分の処方している薬にサリドマイドが含まれていることを知らない医師がいた。まして、一般市民では気づきようもなかった。 なお日本では、大日本製薬(株)が独自の製法を用いて合成を行い、1956年11月に特許出願をした。物質特許ではなく製法特許を主張したのである。そして、1958年(昭和33年)1月20日に「イソミン」の名前で発売を開始した。さらに、1960年(昭和35年)8月には、サリドマイド含有の合剤「プロバンM」を、一般市販薬(胃薬−胃酸過多、胃炎、消化性潰瘍治療剤)としても販売を始めた。 ところで、イソミンの製造許可申請提出(厚生省)は1957年8月17日、そして同年の10月12日には製造許可されており、新薬調査会での審査時間わずか1時間余であったという。その後ゾロ品が14社から発売されたが、市場の90〜95%は大日本製薬(株)の製品が独占していた(ゾロ品−後発の真似薬)。 サリドマイド胎芽病 サリドマイドの売上増加に伴い副作用報告が相次いだ。多発神経炎である。さらに、妊娠中のサリドマイド服用と奇形児誕生との間に因果関係が疑われ始めた。それは、まもなくサリドマイド胎芽病として証明されることになる。 サリドマイド胎芽病は、妊娠初期(最終月経から34〜50日)のサリドマイド服用によって発生する。特徴としては、一般的には、四肢、とくに上肢の低形成であるフォコメリアphocomelia(海豹肢症−あざらし肢症)がよく知られている。一方で、外耳奇形、難聴などの耳鼻咽喉科的な機能形態障害の方が強くでる場合がある。 妊娠3〜5週目の胎児は、体の原型が出来上がる時期である。そして、その中でも発達の段階には細かい順番がある。そのため、サリドマイド服用時期(胎児の週齢)によって、障害を受けやすい部位すなわち奇形の発生する部位が異なってくるのである。 また、さらには眼科的な合併症や、口腔顔面領域における機能形態障害、場合によっては、内蔵、特に腸、腎臓、心臓の配置異常が加わるなど影響は全身に及ぶ。 これらの障害によって、サリドマイド児のADL(日常生活機能)は制限され、また、社会的に不利な立場におかれやすくなる。障害者の「社会に参加する権利」を保証する「社会」の確立が望まれる。 なお、この時のサリドマイド児の発生数(生存数)は、レンツ文献によると西独が最も多くて3049症例、ついで日本309症例、英国201症例と続いており、全世界で総数3900症例である(推定胎児死亡率、約40%)。ただしこの数は文献その他の資料によって大きく異なっているので 、取扱には注意する必要がある。 レンツ警告(1961年) サリドマイドの父、レンツ博士(Widukind Lenz、1919年旧東独生まれ)は、当時ハンブルグ大学小児科の医師(42歳)で、サリドマイド事件が一段落した後、1961年にハンブルグ大学人類遺伝学教授に就任した。 詳細な調査に基づくサリドマイド仮説の立証、および全世界のサリドマイド裁判で果たした彼の役割はきわめて大きい。大変な知日家で1965年の初来日以来10回前後日本を訪れている。(1995年死去、76歳) 6月22日 日本での回収措置(1962年 〜) 1961年12月5日 日本のサリドマイド児(生存)の約3分の1(100人)は、「レンツ警告」等によってサリドマイドの催奇性がはっきりした後にそれを服用した妊婦から生れたもので、その数は世界で最も多い。 サリドマイド胎芽病の生存率は、各国の平均をとると約60%(レンツ文献)である。しかし、日本における生存者数の割合は、それら数値の約半分とされており、しかも、比較的軽症例が多いという特徴がある。重症児の多くが死産として扱われた可能性が示唆されている。痛ましいことである。 日本国厚生省の体質 ケルシー女史の活躍(1960年〜) 1960年9月、サリドマイド発売申請が米国ウィリアム・メレル社よりFDA(米国食品医薬品局)に提出される。担当官はフランシス・ケルシー女史(1914年カナダ生、当時46歳)で、1960年8月1日からFDA新薬部門の医務官(医学博士)として勤務を開始したばかりであった。ケルシーは、提出されたデータだけでは安全性を示す動物実験が不十分と考えて、追加データを求め承認を保留した。 その後、ケルシー(FDA)とメレル社との間で激しいやり取りが繰り返されることになる。発売申請から1年余りが経った1961年11月に西独でサリドマイドの販売中止および回収が行われた。ケルシーが「(メレル側の圧力に)もう持ちこたえられない」と感じるようになっていた正にその時である。 こうして、米国でのサリドマイド販売は阻止された。時の大統領ケネディは、ケルシー女史を米国の救世主としてたたえ、1962年に「大統領市民勲章」をおくった。 ところで、ケルシーは最初から多発神経炎や催奇性に注目していたわけではない。承認を留保したのは、薬理学を専攻した彼女のするどい目からすれば、サリドマイドの基礎的な動物実験は余りにもいいかげんなものであったからにすぎない。 なお、米国でサリドマイド胎芽病が全く発生しなかったわけではない。試供品として米国内で提供されたもの から10例(FDAの決定)、さらに、海外で入手したものから7例が報告されている。 サリドマイドの復権(”悪魔の薬”から”福音の薬”へ) 1964年、全くの偶然からエルサレム・ハンセン病病院(ヤコブ・シェスキン院長)で、サリドマイドがハンセン病患者に多発する難治性の皮膚炎(結節性紅斑)に劇的に効くことが確かめられた。 その後の研究によって、サリドマイドは各種の難治性粘膜皮膚疾患に対する「特効薬」としての地位を確立した。その適応は、例えばハンセン病、全身性エリテマトーデス(SLE)、ベーチェット病、そしてエイズなどに至るまで非常に幅広い。 FDA、サリドマイドを承認(1998年) 一旦世界中で製造中止されたサリドマイドは、実はその後、南米、特にブラジルで製造され続けてきた。ブラジルはハンセン病患者の多い国なのである。しかし、同国ではそうしたサリドマイドの使用に伴って、新たなサリドマイド児を多く生み出してしまっている。 1998年7月16日、FDA(米国食品医薬品局)は、サリドマイドをハンセン病に伴う皮膚炎(結節性紅斑)の治療薬として販売を承認した。 その背景にはエイズの流行があった。エイズ患者のカポジ肉腫にサリドマイドが非常によく効くのである。患者は闇市場のサリドマイドを買い求めた。FDAとしては、流通経路の不透明なサリドマイドが、規制を逃れて出回ることを防ぎたいところである。サリドマイドを承認薬にしておけば、米国産サリドマイドを適応外使用(医師の裁量権)としてエイズ患者に自由に使用することが可能となる。 1998年以降、米国の医師は130以上の症状に対してサリドマイドを処方しているという。その多くは自己免疫反応に関するものであり、多発性硬化症、狼蒼(全身性エリテマトーデス、円板状(皮膚)エリテマトーデス)、移植片対宿主病(特に、命にかかわる骨髄移植)、炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)、強皮症、壊疽性膿皮症などがあげられる。 皮肉なことに、エイズに関しては、その後いくつかのすぐれた薬剤が開発されており、サリドマイドの出番は予想よりは少ないようである。 さて、サリドマイドの承認に際しては、STEPSというプログラムの実施が義務付けられており、リスクの非常に高い薬剤の使用モデルとして注目されている。 サリドマイドの使用を希望する医師は、まずこのプログラム(STEPS)に登録して、薬理作用、副作用、過去の被害等について学ぶ。患者に対する十分な情報提供が義務付けられており、処方後は使用状況の監視を受けることになる。 STEPSでは、男性も含めて厳格な避妊指導が行われる。その理由は、男性服用患者の体液を通して女性に影響を与えることがわかってきたからである。そして、女性患者には妊娠検査が義務付けられている。 サリドマイドは、TNF-α の血管新生作用を抑制する サリドマイドは、TNF-α(サイトカインの一種)の免疫系内での合成を選択的に抑制する。その結果、臨床的にはエイズウイルス(HIV-1)の増殖そのものを抑制したり、自己免疫疾患(慢性関節リウマチ、動脈硬化症、乾癬症、SLEなど)に対して有効な薬剤となっている。最近では、サリドマイドは免疫抑制剤として、ステロイドよりすぐれているとするデータが多く発表されるようになっている。 TNF-αには血管新生作用がある。サリドマイドの副作用である多発神経炎や胎芽病の発生機序は、サリドマイドによってTNF-αの合成が抑制され、その結果、血管新生が抑制されるためであることがわかってきた。 逆に、この血管新生抑制作用を治療に応用できる可能性がある。新たな血管が異常に形成される病態である糖尿病性網膜症や老人性黄斑変性症では、むしろ血管新生を抑制することが治療につながるからである。同様の理由で各種癌に効果が期待できる。 例えば、1999年10月、米国国立癌研究所はサリドマイドによる結腸・直腸癌治療の臨床試験を開始すると発表した。2001年8月には、Mayo Clinicによって、サリドマイドが早期多発性骨髄腫(血液がんの一種)に有効であるとの報告がなされている。このように、サリドマイドの薬剤としての可能性は非常に高い。今後ともさらにその適応は広がっていくものと考えられる。 サリドマイド は、グアニン(核酸塩基の一種)とよく似ている サリドマイド分子の一部は、核酸塩基の一種であるグアニン(G)と驚くほどよく似ていることがわかってきた。そして、サリドマイドはDNA(デオキシリボ核酸−Deoxyribo Nucleic Acid、遺伝子の本体)の二重鎖の中に滑り込む(インターカレートする)ことも見出された。 DNA塩基配列の中に、GGGCGGという特殊な配列(グアニンとシトシンによる配列でGCボックスと呼ばれる)をもつ個所がある。そして、このGCボックスが、成長刺激の連鎖反応に関連する一連のたんぱく質(複数)のそれぞれの遺伝子中に8箇所も発見された。 グアニン(G)と類似構造を有するサリドマイドが、DNAに入り込んでこの”GCボックス”に何らかの影響を及ぼし、胚の一部での血管新生とそれに続く正常な発達を妨げるものと考えられる。(1998年発表) 参考:DNA(核酸の一種)の構成成分となる4つの塩基 アデニン(A):プリン塩基 サリドマイドを過去の伝説に サリドマイド児が発生したことはサリドマイド自体の罪ではない。それを使用する人間が対応を間違ったのである。今こそサリドマイドの使用法に関して人類の叡智が求められている。サリドマイドの代替薬として、より安全性に優れた薬剤の開発に成功するその日まで。 参考図書:
日本の薬害・公害 薬害防止のために薬剤師のやるべきことは AKIMASA.NET
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