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<サリドマイド事件>

サリドマイド事件とは、睡眠・鎮静剤サリドマイドを妊婦が服用することによって、胎児に奇形(特に上肢の短縮)を生じた 世界的な薬害事件のことをいう。なお、サリドマイドの催奇性を疑うレンツ警告( 西ドイツ)が出されたのは、1961年11月のことであり、発売開始から丸4年が経過していた。

2007.11.27(火)最新、"サリドマイドとは"を全体にわたって改稿
2001.11.04(日)初出

サイト内関連ページ(日本の薬害・公害)
サリドマイド事件
レンツ警告(疫学の考え方)
コラルジル中毒症
薬害エイズ
水俣病

薬害スモン(SMON)

<サリドマイドとは>

サリドマイドは、西ドイツで開発(1957年10月発売)された睡眠・鎮静剤である。主たる目的の睡眠薬として使用されたのはもちろんのこと、”つわり”にもよく効くというので数多くの妊婦によって服用された。そして、生まれた子供に奇形(特に上肢)が生じる場合があることが分かってきた。サリドマイドは、医薬品がもつ催奇形性について、初めて警鐘を鳴らした化合物となったのである。

サリドマイドは、レンツ警告後、直ちにヨーロッパの市場から姿を消した。それは、1961年11月〜12月のことである。 これに対して、日本国内では、すべての製品を回収し終わるまでに警告から約2年もかかっている。

日本国内のサリドマイドは、大日本製薬(株)が独自の製法を用いて合成を行い、1958年から販売を開始していた。その大日本製薬を中心とした国内での回収作業が大幅に遅れた間にも、多くの患者が発生している。国・製薬企業の責任は非常に大きいといわざるを得ない。

さて、1964年になって、全くの偶然からサリドマイドがハンセン病患者に多発する難治性の皮膚炎(結節性紅斑)に劇的に効くことが確かめられた。現在では、サリドマイドは各種がんを始め、多くの難治性疾患に有効であることが確かめられている。そして1998年、ついにFDA(米国食品医薬品局)はサリドマイドを治療薬として販売することを許可した。

ある化合物が治療薬として認められるためには、その化合物が人間にとって有効であり、かつ安全性が高い ことが確かめられなければならない。それを証明するために実施される臨床試験のことを、特に治験(ちけん)といっている。新薬開発のための、治療を兼ねた試験という意味であり、通常数千人規模の患者を対象に実施されるものである。

日本国内で治療薬として認められるためには、治験の結果を元に、中央社会保険医療協議会(通称:中医協、厚生労働大臣の諮問機関)による審査を受け、最終的に<承認>されなければならない。

こうして承認された薬剤、すなわち<医療用>医薬品は、大部分が<薬価基準>に<収載>されることによって、いわゆる保険が利く薬となる。

日本国内では、サリドマイドは未だに承認が取り消されたままの状態にある。つまり、サリドマイドは保険が利かない薬剤であり、国内で製造販売はされていない。ところが近年は、ある種のがん患者を中心に、医師を通じた個人輸入が急増し、2003年度の輸入量は約53万錠に上っている。もちろん全額自己負担である。

日本国内では、多発性骨髄腫(血液がんの一種)の患者団体が承認を求める一方で、薬害の被害者団体は新たな薬害を防ぐための規制を求めている。 こうしたことを踏まえて、厚生労働省は「サリドマイドに関する適正使用ガイドライン*」を公表(2004年12月)している。未承認薬としては異例の対策といってよい。
*”多発性骨髄腫に対するサリドマイドの適正使用ガイドライン”

<サリドマイドの復活>

欧米で承認されているにもかかわらず、国内で未承認の薬剤がいくつかある。日本での承認に時間がかかり、承認までの医療費が全額自己負担になるなど、特にがん患者等から改善を求める切実な声があがっている。こうした患者の要望に応えると同時に、医薬品の安全性を確保するための制度作りが 始まっている。

2005年01月21日に開かれた薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会の審査において,サリドマイドが「希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)」に指定されることとなった。このことによって、近い将来、サリドマイドが医療用医薬品として、日本でも復活する(薬価基準に収載される)可能性が高まったことはまちがいない。

オーファンドラッグ(Orphan Drug)「希少疾病用医薬品」とは、医療上の必要性は高いが、薬を必要とする患者数が少ない病気に使う医薬品のことをいう。

新薬の研究開発には膨大な研究費がかかるため、「稀な疾患」を治療する医薬品では採算に合わないとして、製薬企業は開発をしたがらない。もともと「オーファン」とは、面倒をみる親や親戚がいない、誰も引き取り手のいない子供を意味する単語(英語)である。有用性が高いにもかかわらず、誰も積極的に開発をしようとしない医薬品のことを指して、オーファンドラッグといっている。

こうした「希少疾病用医薬品」を開発するメーカーに対しては、種々の優遇措置が与えられている。例えば、他の医薬品に優先して審査を受けられる(薬価基準収載が早まる)、開発費の助成が得られる、などである。

なお、オーファンドラッグの指定を受けるには、わが国における患者数5万人未満で、しかも、医療上特にその必要性が高いことが必要条件となる。すなわち、代替する適切な医薬品等または治療方法がない、あるいは既存の医薬品と比較して著しく高い有効性又は安全性が期待されること、が求められる。

さて、2005年01月24日には、厚生労働省の「未承認薬使用問題検討会議」(座長=黒川清・日本学術会議会長)の初会合が開かれ、サリドマイド等の<未>承認抗がん剤3種類について、<混合診療>(保険診療と保険外診療との併用)を認めることで概ね了承された。

日本の医療保険制度では混合診療は原則禁止となっている。したがって、保険対象外の医療技術や薬剤を使用すると、その他の保険診療分まで含めて、全額患者が負担しなければならない。

混合診療を認める例外として特定療養費制度がある。高度医療を含んだ療養や、特に定められた特別サービスを含んだ療養等にかかる費用のうち、基礎部分については保険給付を行い、特別サービス部門は自己負担とすることによって、患者の医療選択の幅を広げようとするものである。

特定療養費制度は、<治験>に参加した患者にも適用される。その場合、基礎的な診療部分が保険給付の対象となり、それ以外の高度医療部分は被験者の代わりに企業(依頼者)が その費用を負担することになる。したがって、患者の負担はかなり軽減されることになる。

未承認薬使用問題検討会議の結論は、サリドマイドが承認(薬価収載)される前であっても、治験に参加して当該医薬品による治療を受ける場合には、 特定療養費制度の運用によって、保険給付を受ける道が開かれたということを意味している。

サリドマイドの承認申請をめざしている製薬会社(本社・大阪府松原市)では、24日には既に被害者団体と面談したとしており、引き続き被害者団体とも話し合う場を設けたいとしている。まもなく治験が開始されるものと思われる。


ノーベル化学賞

2001年度ノーベル化学賞に野依良治(のより・りょうじ)名古屋大学大学院
教授ら3名が選ばれた。

スエーデン王立科学アカデミーは2001年度のノーベル化学賞を “触媒による不斉合成(Catalytic asymmetric synthesis)” の業績に対して贈ることを決定した。その半分は "キラル触媒による不斉水素化反応の研究" に対するものであり、米国のウィリアム・ノールズ氏(William S.Knowles、米モンサント元研究員)と野依良治氏(名古屋大学大学院教授)に連名で、残り半分を "キラル触媒による不斉酸化反応の研究" に対し、米国のバリー・シャープレス氏(K.Barry Sharpless、米スクリプス研究所教授)に贈ることを決定した。

日本人のノーベル化学賞受賞は、昨年の白川英樹筑波大学名誉教授に引き続くもので日本の化学の水準の高さを示す結果となった。なお、日本人のノーベル賞受賞者は野依教授も含めて全部で10人である。

2002年度ノーベル化学賞:
2002年12月10日(日本時間11日未明)2002年のノーベル賞授賞式がスウェーデン・ストックホルムで行われ、当社フェロー田中耕一はカール16世グスタフ国王から化学賞のメダルと賞状を授与されました。受賞理由は、「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」であり、弊社田中は、生体高分子の質量分析法のための「脱離イオン化法」の開発を評価され、日本人で12人目の受賞者となりました。(島津製作所ホームページより)
注:小柴昌俊・東京大学名誉教授(2002年度物理学賞)を日本人11人目とするようである。

不斉合成

参考資料:ニュートン特別インタビュー
ノーベル化学賞受賞 野依良治名古屋大学大学院教授に聞く
化学物質の左右型のつくり分けに成功、合成化学に新たな道を切り開いた
ニュートン22巻1号(2002年1月号)P.26-33

野依:ものの形には二つしかありません。一つは左右対称で右と左の区別がないもの。もう一つは左右の区別があるものです。たとえば、野球の世界でいうとボールは左右対称ですが、グローブには左右の区別があります。
Newton:右手型と左手型とでは、おたがいが鏡に映った像の関係にあるので、それらのことを「鏡像異性体」とよびますね。

有機化合物で基本となるのは炭素(C)である。その炭素には腕が4本あり、炭素同士あるいは他の原子(分子)と結びつく。そして、炭素同士が鎖状に連なっ
てできた化合物においてそれぞれの炭素について見ると、炭素を中心に置いた正四面体(三角錐)構造をとる。

ここで、炭素に結合している4つの原子(分子)が全て異なるとき、ちょうど人間の右手と左手のように、鏡に映すとぴったり重なる関係にある2つの物質(鏡像体、光学異性体))が存在することになる。このような炭素(不斉炭素)を含む分子を「不斉である」「キラルである」といい、左右型をつくり分けることを不斉合成という。

生体内(生化学反応)では不斉合成はごく当たり前に行われている。例えば、糖類はすべて右手型であり、アミノ酸はすべて左手型である。それぞれの反対型は生体内には全く存在しない。しかし、人工的な化学合成において、左右型のつくり分けはそれほど簡単なことではなかった。

野依教授は、世界で初めて「右手型」と「左手型」の人工的なつくり分けの可能性を示唆し、その後自らBINAP触媒というものを開発してそのことを実証した。この技術を用いて、1983年に世界初の不斉合成による工業化が日本で実現した。対象となったのは L-メントール” で、高砂香料工業(株)において、野依教授の研究グループや大阪大学などとの共同研究によって製造方法が確立された。

左手型メントール:
単一の香料としては世界的に最も需要の多い、薄荷やペパーミントの主成分でありスッキリとした清涼感がある。タバコやのどあめ、歯みがき粉などに幅広く利用されている。

右手型メントール:
ほこりっぽく、消毒薬臭い。

その他の実用化例:
プロスタグランジン、βラクタム系抗生物質、キノロン系抗菌剤など多数。

光学異性体の物理化学的な性質はほとんど同じだが、旋光性(直線偏光がその物質を通過するとき偏光面が回転する現象)が異なる。回転方向が右回りの場合を右旋性(dextrotatory)といい、または + を付けて表し、左まわりの場合は左旋性(levorotatory)といって、または - を付けて表す。さらに、結合する置換基の順位付けをして、その並び方の約束から定める区別もあり、、あるいは旧来の D と L で分類する場合もあるので注意が必要である。


サリドマイド事件

サリドマイド事件とは、睡眠・鎮静剤サリドマイドを妊婦が服用することによって、胎児に重度の四肢奇形(特に上肢)等を生じた世界最大の薬害事件のことをいう。

サリドマイドには「不斉」炭素が一つある。したがって、右型左型が存在するわけであるが、睡眠・鎮静作用があるのは「右手型」で、「左手型」には催奇性による四肢の矮小化等の作用があった。とするならば、この両者を分離して市販していれば悲劇は避けられたのであろうか。残念ながら、そうとばかりは言えないようである。

まず第一に、催奇性が「左」「右」両者のうち一方のみにあるということは事件後にわかったことである。また、たとえ、事件前にその事実をつかんでいたとしても、両者を完全に分離生産する技術は当時まだ確立されていない。さらに言えば、その後の研究によると、サリドマイドの場合、右手型も体内で少しづつ左手
型に変化していくという。

サリドマイドが市場に登場した段階ですでに悲劇は始まっていた。医薬品を製造販売することの厳しさを示す事件である。

サリドマイドの誕生

サリドマイドは、最初1953年チバ製薬(スイス)でグルタミン酸誘導体として製造された。しかし、薬理作用がないということで開発は中止されていた。その後、グリュネンタール社(西独)で改めて合成、臨床治験が行われ、1957年(昭和32年)10月1日、睡眠薬、精神安定剤として「コンテルガン」の名前で発売された。

睡眠薬としての特徴は、即効性があり、朝の持ち越し効果がないというものであった。大量でも致死的でないので自殺目的に使用できないということから、大衆薬(医師の処方箋を必要としない)として取り扱われ、最も人気の高い睡眠薬となった。また、”つわり(妊娠6週前後に多発)”にもよく効くとして妊婦にも投与された。

サリドマイドは、提携会社を通じて世界中(米国を除く)で販売された。その数は、欧州11、アフリカ7、アジア17、および西半球11カ国に及び、各国でそれぞれ異なった商品名で販売された。また、他の薬との複合剤としても幅広く使用された。

このため、サリドマイドの催奇性が全世界のマスコミで取り上げられるようになってからも、自分の処方している薬にサリドマイドが含まれていることを知らない医師がいた。まして、一般市民では気づきようもなかった。

なお日本では、大日本製薬(株)が独自の製法を用いて合成を行い、1956年11月に特許出願をした。物質特許ではなく製法特許を主張したのである。そして、1958年(昭和33年)1月20日に「イソミン」の名前で発売を開始した。さらに、1960年(昭和35年)8月には、サリドマイド含有の合剤「プロバンM」を、一般市販薬(胃薬−胃酸過多、胃炎、消化性潰瘍治療剤)としても販売を始めた。

ところで、イソミンの製造許可申請提出(厚生省)は1957年8月17日、そして同年の10月12日には製造許可されており、新薬調査会での審査時間わずか1時間余であったという。その後ゾロ品が14社から発売されたが、市場の90〜95%は大日本製薬(株)の製品が独占していた(ゾロ品−後発の真似薬)。

サリドマイド胎芽病

サリドマイドの売上増加に伴い副作用報告が相次いだ。多発神経炎である。さらに、妊娠中のサリドマイド服用と奇形児誕生との間に因果関係が疑われ始めた。それは、まもなくサリドマイド胎芽病として証明されることになる。

サリドマイド胎芽病は、妊娠初期(最終月経から34〜50日)のサリドマイド服用によって発生する。特徴としては、一般的には、四肢、とくに上肢の低形成であるフォコメリアphocomelia(海豹肢症−あざらし肢症)がよく知られている。一方で、外耳奇形、難聴などの耳鼻咽喉科的な機能形態障害の方が強くでる場合がある。

妊娠3〜5週目の胎児は、体の原型が出来上がる時期である。そして、その中でも発達の段階には細かい順番がある。そのため、サリドマイド服用時期(胎児の週齢)によって、障害を受けやすい部位すなわち奇形の発生する部位が異なってくるのである。

また、さらには眼科的な合併症や、口腔顔面領域における機能形態障害、場合によっては、内蔵、特に腸、腎臓、心臓の配置異常が加わるなど影響は全身に及ぶ。

これらの障害によって、サリドマイド児のADL(日常生活機能)は制限され、また、社会的に不利な立場におかれやすくなる。障害者の「社会に参加する権利」を保証する「社会」の確立が望まれる。

なお、この時のサリドマイド児の発生数(生存数)は、レンツ文献によると西独が最も多くて3049症例、ついで日本309症例、英国201症例と続いており、全世界で総数3900症例である(推定胎児死亡率、約40%)。ただしこの数は文献その他の資料によって大きく異なっているので 、取扱には注意する必要がある。


レンツ警告(1961年)

サリドマイドの父、レンツ博士(Widukind Lenz、1919年旧東独生まれ)は、当時ハンブルグ大学小児科の医師(42歳)で、サリドマイド事件が一段落した後、1961年にハンブルグ大学人類遺伝学教授に就任した。

詳細な調査に基づくサリドマイド仮説の立証、および全世界のサリドマイド裁判で果たした彼の役割はきわめて大きい。大変な知日家で1965年の初来日以来10回前後日本を訪れている。(1995年死去、76歳)

6月22日
 弁護士(息子、姪がともにフォコメリア)から相談を受ける。
11月9日
 本格的な調査開始(奇形児の両親に対する聞き取り調査)
11月13日
 サリドマイドと奇形との間に因果関係があるとの仮説を立てる。
11月15日
 サリドマイド製造元のグリュネンタール社へ電話をする。
11月18日
 自分の観察結果に基づいて小児科研究会で発言。
11月20日
 グリュネンタール社の代表の訪問を受ける。
11月24日
 内務省、グリュネンタール社、レンツの三者会談。
11月25日
 内務省、サリドマイドの販売中止決定(国際プレスの配信)
 後に誤報として取り消されるが、すでに全世界の新聞で報道されてしまって
 いた。
11月26日
 ドイツの新聞に特ダネが掲載される
 薬剤による奇形:世界的に流通している薬に疑惑あり
 ただし、博士が情報を提供したわけではない。
11月27日
 グリュネンタール社、サリドマイドの回収決定。(販売期間、約4年)
 北欧諸国(スウェーデンを除く)11月30日、英国12月2日、
 スウェーデン12月18日、それぞれ回収決定、

日本での回収措置(1962年 〜)

1961年12月5日
 グリュネンタール社の勧告が大日本製薬(株)に届く。
 翌日、厚生省と協議、「有用な薬品を回収すれば社会不安を起こす」として販
 売続行を決定。
1962年2月21日
 厚生省、サリドマイド剤「バングル」(亜細亜製薬)製造承認。
5月17日
 西独でのサリドマイドと先天性奇形とを関連付けた報道(朝日新聞)
 これにより、大日本製薬、製造販売の中止を自主決定(西独の半年後)
 ただし、社長から販売店への手紙「出荷停止はするが、販売は続けるように」
 こうして、既に出荷された商品は回収されることなく、薬局で売られ続けた。
8月27日
 日本のサリドマイド胎芽症(北大小児科梶井正講師)の記事(読売新聞)
9月13日
 大日本製薬、回収に踏み切る。しかし、回収措置は十分ではなく、その後も
 薬局の店頭で入手できた。
1963年半ばから末頃
 実際の回収作業完了(西独からは実に2年遅れ)

日本のサリドマイド児(生存)の約3分の1(100人)は、「レンツ警告」等によってサリドマイドの催奇性がはっきりした後にそれを服用した妊婦から生れたもので、その数は世界で最も多い。

サリドマイド胎芽病の生存率は、各国の平均をとると約60%(レンツ文献)である。しかし、日本における生存者数の割合は、それら数値の約半分とされており、しかも、比較的軽症例が多いという特徴がある。重症児の多くが死産として扱われた可能性が示唆されている。痛ましいことである。

日本国厚生省の体質
 ・ 問題を上下関係の倫理で処理するため情報を遮断する体質
 ・ 長期計画に立って国民の生命を守ることを忘れた無責任な体質
「サリドマイド物語」への序文、「サリドマイド物語」について、木田盈四郎から

ケルシー女史の活躍(1960年〜)

1960年9月、サリドマイド発売申請が米国ウィリアム・メレル社よりFDA(米国食品医薬品局)に提出される。担当官はフランシス・ケルシー女史(1914年カナダ生、当時46歳)で、1960年8月1日からFDA新薬部門の医務官(医学博士)として勤務を開始したばかりであった。ケルシーは、提出されたデータだけでは安全性を示す動物実験が不十分と考えて、追加データを求め承認を保留した。

その後、ケルシー(FDA)とメレル社との間で激しいやり取りが繰り返されることになる。発売申請から1年余りが経った1961年11月に西独でサリドマイドの販売中止および回収が行われた。ケルシーが「(メレル側の圧力に)もう持ちこたえられない」と感じるようになっていた正にその時である。

こうして、米国でのサリドマイド販売は阻止された。時の大統領ケネディは、ケルシー女史を米国の救世主としてたたえ、1962年に「大統領市民勲章」をおくった。

ところで、ケルシーは最初から多発神経炎や催奇性に注目していたわけではない。承認を留保したのは、薬理学を専攻した彼女のするどい目からすれば、サリドマイドの基礎的な動物実験は余りにもいいかげんなものであったからにすぎない。

なお、米国でサリドマイド胎芽病が全く発生しなかったわけではない。試供品として米国内で提供されたもの から10例(FDAの決定)、さらに、海外で入手したものから7例が報告されている。


サリドマイドの復権(”悪魔の薬”から”福音の薬”へ)

1964年、全くの偶然からエルサレム・ハンセン病病院(ヤコブ・シェスキン院長)で、サリドマイドがハンセン病患者に多発する難治性の皮膚炎(結節性紅斑)に劇的に効くことが確かめられた。

その後の研究によって、サリドマイドは各種の難治性粘膜皮膚疾患に対する「特効薬」としての地位を確立した。その適応は、例えばハンセン病、全身性エリテマトーデス(SLE)、ベーチェット病、そしてエイズなどに至るまで非常に幅広い。

FDA、サリドマイドを承認(1998年)

一旦世界中で製造中止されたサリドマイドは、実はその後、南米、特にブラジルで製造され続けてきた。ブラジルはハンセン病患者の多い国なのである。しかし、同国ではそうしたサリドマイドの使用に伴って、新たなサリドマイド児を多く生み出してしまっている。

1998年7月16日、FDA(米国食品医薬品局)は、サリドマイドをハンセン病に伴う皮膚炎(結節性紅斑)の治療薬として販売を承認した。

その背景にはエイズの流行があった。エイズ患者のカポジ肉腫にサリドマイドが非常によく効くのである。患者は闇市場のサリドマイドを買い求めた。FDAとしては、流通経路の不透明なサリドマイドが、規制を逃れて出回ることを防ぎたいところである。サリドマイドを承認薬にしておけば、米国産サリドマイドを適応外使用(医師の裁量権)としてエイズ患者に自由に使用することが可能となる。

1998年以降、米国の医師は130以上の症状に対してサリドマイドを処方しているという。その多くは自己免疫反応に関するものであり、多発性硬化症、狼蒼(全身性エリテマトーデス、円板状(皮膚)エリテマトーデス)、移植片対宿主病(特に、命にかかわる骨髄移植)、炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)、強皮症、壊疽性膿皮症などがあげられる。

皮肉なことに、エイズに関しては、その後いくつかのすぐれた薬剤が開発されており、サリドマイドの出番は予想よりは少ないようである。

さて、サリドマイドの承認に際しては、STEPSというプログラムの実施が義務付けられており、リスクの非常に高い薬剤の使用モデルとして注目されている。

サリドマイドの使用を希望する医師は、まずこのプログラム(STEPS)に登録して、薬理作用、副作用、過去の被害等について学ぶ。患者に対する十分な情報提供が義務付けられており、処方後は使用状況の監視を受けることになる。

STEPSでは、男性も含めて厳格な避妊指導が行われる。その理由は、男性服用患者の体液を通して女性に影響を与えることがわかってきたからである。そして、女性患者には妊娠検査が義務付けられている。

サリドマイドは、TNF-α の血管新生作用を抑制する

サリドマイドは、TNF-α(サイトカインの一種)の免疫系内での合成を選択的に抑制する。その結果、臨床的にはエイズウイルス(HIV-1)の増殖そのものを抑制したり、自己免疫疾患(慢性関節リウマチ、動脈硬化症、乾癬症、SLEなど)に対して有効な薬剤となっている。最近では、サリドマイドは免疫抑制剤として、ステロイドよりすぐれているとするデータが多く発表されるようになっている。

TNF-αには血管新生作用がある。サリドマイドの副作用である多発神経炎や胎芽病の発生機序は、サリドマイドによってTNF-αの合成が抑制され、その結果、血管新生が抑制されるためであることがわかってきた。

逆に、この血管新生抑制作用を治療に応用できる可能性がある。新たな血管が異常に形成される病態である糖尿病性網膜症や老人性黄斑変性症では、むしろ血管新生を抑制することが治療につながるからである。同様の理由で各種癌に効果が期待できる。

例えば、1999年10月、米国国立癌研究所はサリドマイドによる結腸・直腸癌治療の臨床試験を開始すると発表した。2001年8月には、Mayo Clinicによって、サリドマイドが早期多発性骨髄腫(血液がんの一種)に有効であるとの報告がなされている。このように、サリドマイドの薬剤としての可能性は非常に高い。今後ともさらにその適応は広がっていくものと考えられる。

サリドマイド は、グアニン(核酸塩基の一種)とよく似ている

サリドマイド分子の一部は、核酸塩基の一種であるグアニン(G)と驚くほどよく似ていることがわかってきた。そして、サリドマイドはDNA(デオキシリボ核酸−Deoxyribo Nucleic Acid、遺伝子の本体)の二重鎖の中に滑り込む(インターカレートする)ことも見出された。

DNA塩基配列の中に、GGGCGGという特殊な配列(グアニンとシトシンによる配列でGCボックスと呼ばれる)をもつ個所がある。そして、このGCボックスが、成長刺激の連鎖反応に関連する一連のたんぱく質(複数)のそれぞれの遺伝子中に8箇所も発見された。

グアニン(G)と類似構造を有するサリドマイドが、DNAに入り込んでこの”GCボックス”に何らかの影響を及ぼし、胚の一部での血管新生とそれに続く正常な発達を妨げるものと考えられる。(1998年発表)

参考:DNA(核酸の一種)の構成成分となる4つの塩基

アデニン(A):プリン塩基
グアニン(G):プリン塩基
シトシン(C):ピリミジン塩基。グアニンと塩基対を形成(水素結合3つ)
チミン(T):ピリミジン塩基。アデニンと塩基対を形成(水素結合2つ)

サリドマイドを過去の伝説に

サリドマイド児が発生したことはサリドマイド自体の罪ではない。それを使用する人間が対応を間違ったのである。今こそサリドマイドの使用法に関して人類の叡智が求められている。サリドマイドの代替薬として、より安全性に優れた薬剤の開発に成功するその日まで。


参考図書:
「サリドマイド−科学者の証言−」増山元三郎編、東京大学出版会(1971年)
「戦後薬害問題の研究」高野哲夫著、文理閣(1981年)
「サリドマイド物語」栢森良二著、医歯薬出版(1997年)
「くすりのチェックは命のチェック−第1回医薬ビジランスセミナー報告集−」
 浜六郎、別府宏圀、坂口啓子編、日本評論社(1999年)
「薬害が消される−教科書に載らない6つの真実−」
 全国薬害被害者団体連絡協議会編、さいろ社(2000年) 
「神と悪魔の薬サリドマイド」ドレント・ステファン、ロック・ブリンナー著
 日経BP社(2001年)
「市民のための疫学入門−医学ニュースから環境裁判まで−」
 津田敏秀著、緑風出版(2003年) 
「医学者は公害事件で何をしてきたのか」津田敏秀著、岩波書店(2004年)


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