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日本の薬害・公害 <薬害スモン(SMON)> スモン(SMON)とは、整腸剤キノホルムを服用することによって生じた神経障害であり、1960年代特に後半、日本国内でのみ異常に多くの患者(一万人以上)が発生している。これに対して全国各地で裁判が起こされ、その結果、明らかな薬害として、国と製薬企業の責任が認められた。(薬事二法の成立−未記載) 2007.12.28(金)初出 サイト内関連ページ(日本の薬害・公害) キノホルム剤は、戦前から国内外で生産されていた。しかし、その用途は、外用消毒とアメーバ赤痢治療(内服)に限られ、生産量も少なかった。それが、戦後日本国内では、“整腸剤”として通常の下痢などの消化器症状まで適応が拡大され、1日投与量あるいは投与期間についても制限がゆるめられた。 キノホルムの国内生産量および輸入量は年とともに伸び、それに伴って、SMON患者の年次別発生数は急激な増加をみた。1970年9月7日の中央薬事審議会は、「本症(スモン発症)に対してキノホルムが何らかの要因になっている可能性を否定できない」として、販売中止・使用見合わせを答申した。厚生省がそれに従った結果、翌1971年の患者発生数は激減し、「1972年以降わが国では、4例のスモン患者が報告されているにすぎない」高野哲夫P.174。 キノホルムは、「内服しても消化管から吸収されないので安全である」とされていた。しかし、一日投与量が多い場合の毒性を危惧する文献は、戦前すでに発表されている。それにもかかわらず、副作用文献をきちんと検討することなく、劇薬指定をはずし(戦前)、適応症をアメーバ赤痢という特殊な疾患から、一般的な下痢症状まで拡大(戦後)したこと、さらには、投与量の制限を緩和したことが、日本国内においてSMON患者が大量発生した原因となっている。
一般薬(売薬)にも含まれている。その種類182品目 SMONという疾患名は、Subacute Myelo-Optico Neuropathy(亜急性脊髄・視神経・末梢神経障害)の頭文字をとってつけられた。臨床症状としては、激しい腹部症状に続いて「(キノホルム内服後)2〜3週で、両下肢に自覚的なしびれ感(じんじん、ぴりぴり感など)、下肢の脱力、起立・歩行の不安定が起こる」(難病情報センター)。 こうした異常知覚(しびれ、痛み、麻痺)は、足裏から次第に上に向って広がり、歩行障害を生じる。ときに視力障害をおこし失明にいたる場合もある。また、内臓障害、膀胱直腸障害、あるいは性機能障害など、その影響は全身におよび、患者の日常生活機能を著しく低下させる。 スモンは、特定疾患治療研究事業対象疾患として難病(特定疾患)指定されている。難病情報センターによれば、「昭和47年までに全国で11,127名のスモン患者さんが確認されま した。平成12年4月1日現在健康管理手当受給しているスモン患者数は、全国で3,187名です」となっている。 −未完− ■この命、つむぎつづけて (以下、上記からの引用) さて薬害スモンとはいったいどの様な病気かという事を説明しましょう。 1955年頃から日本全国各地で今まで誰も経験した事のない病気が現れ始めました。あるひ突然猛烈な腹痛に襲われて、やがて足の先からしびれていくのです。しびれは鋭い痛みや、ひどい冷えの感じー冷感と言いますが、それをともないながら足から腹へ、胸へとあがってくるのです。 人によっては視神経をおかされて目が見えなくなってしまう人もいました。重度の場合は全身麻痺に、失明という場合、またそのまま死亡してしまう場合もあったのです。この病気の患者は病名も原因もわからなくてしだいに増えていくようになりました。 1965年頃にこの病気は亜急性脊髄視神経末梢神経症と名付けられました。 英語では Subacute Myelo-Optico Neuropathy と表され、その頭文字をとってのちにSMONとよばれるようになりました。 ■難病情報センター、スモン (以下、上記からの引用) ■新潟大学脳研究所 ■on-line古書店パラメディカ(店主:星野史雄) ■薬のチェック 医薬ビジランスセンター NPOJIP ■国民生活審議会の活動 スモンとは(以下、上記から引用) スモン(SMON)は、腹部膨満のあと激しい腹痛を伴う下痢がおこり続いて、足裏から次第に上に向かって、しびれ、痛み、麻痺が広がり、ときに視力障害をおこし、失明にいたる疾患である。膀胱・発汗障害などの自律障害症状・性機能障害など全身に影響が及ぶ。 患者団体のス全協(スモンの会全国協議会)では、次のように指摘する。 「中枢神経麻痺、末梢神経麻痺・感覚麻痺の三つが加わったスモンの運動機能障害は、機能を回復することはきわめて困難といわれています。涙ぐましい努力によってやっと歩行が出来るようになった患者も、今では疲労と加齢が加わって、かなり症状が悪化し、余病も併発しやすくなっています。」(ス全協作成パンフレットから) SMONは、亜急性・脊髄・視神経・抹消神経障害 ■スモン病 (以下、上記からの引用) スモン(Subacute myelo-optico-neuropathy:亜急性脊髄視束神経炎:病理学的障害部位)は、キノホルムという整腸薬を飲んだ患者が、下肢の感覚・運動障害、視力障害を呈し、集団発生的におこった中毒性神経疾患である。この病気は、1955年頃に出現当時、ミステリアスな病気で女性に多く、腹痛、下痢などの腹部症状を起こした後に神経症状が出現した。病理学的には後根神経節、後根、後索の変性、脳から脊髄への運動神経への指令の伝達路の錐体路である側索や交感神経節や視神経の変性がみられた。 集団発生的に起こったのでウイルス説が浮上していたが、京大ウイルス研究所の井上幸重助教授がスモンウイルスを発見したことが、英国の一流週刊臨床雑誌であるランセットに発表された。1970年2月6日、朝日新聞は朝刊1面トップで 「スモン病 ウイルス感染説強まる」を掲載した。かわいそうなのはスモン患者であり、 「うつる病気」ということで、世間から冷たい目でみられたそうだ。1970年(昭和45年)東大の高須先生らが、スモン患者の舌に暗緑色の舌苔を認め報告し、井形昭先生(元鹿児島大学学長、元脳死臨調委員、元国療中部病院院長)は緑色尿を指摘した。この緑毛舌、緑尿から東大薬学部の田村先生が緑色物質がキノホルムと鉄の錯化化合物であることを証明した。故椿忠雄新潟大教授は神経症状発現前のキノホルム服用状況を疫学的に調査し、スモン患者の97%がその薬を服用していることを見いだした。その年の9月8日、厚生省はキノホルムの販売中止と使用見合わせの行政措置をとった。その後、患者の発生は激減し、新しい患者は出現しなくなった。何故、集団発生したかの理由は、ある特定の医師が好んで、その薬剤を長期間投与していたからであった。AIDSの時の血液凝固製剤の厚生省の対応と比較すると、この時の教訓が生かされていなかったのが非常に残念であるし、憤りを感じる。 スモンの命名 八重洲ブックセンターにて、小川鼎三著:『医学用語の起り』(東書選書)を購入した。小川氏は故人であるが、『医学の歴史』、『杉田玄白』などを書いた解剖学者である。この本のなかで、スモンという項目がある。 スモンの原因薬剤であるキノホルムは整腸剤で僕も小学生のころ、お腹をこわした時、わかまつという名前の大衆薬を飲んだ経験があるが、何週間も飲んでいたわけではなかった。小川先生の上記の本には東大神経内科の前教授の豊倉康夫先生が病理所見を元にこの名称を提案したと書いてあった。 「当時は感染説が有力だったせいもあり、この新しい名前の評判はよくなかったそうである。しかしその頭文字を集めたSMONという略称が使いやすい言葉であり、その上に当時の怪獣映画やテレビの怪獣名にこれと調子のよく似た三字名前が流行していた影響もあったらしく、あっという間にスモンの病名が一般に広まったという。同教授は「嬉しいどころか、スマン・スマンと思って小さくなっている次第です」と手紙の中で述懐しておられる」 スモンというモンスターが暴れていたことになるが、それが薬によるものであることが判明したが、我々医療に携わる者は薬の副作用については細心の注意を払わないといけない。 ■環境問題資料集成
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