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<薬害エイズ> 薬害エイズとは、血友病治療に用いた濃縮血液製剤(非加熱製剤、米国製)の原料血漿中にHIV(エイズウイルス)が混入していたため、血友病患者の多く(約4割)がHIV(エイズウイルス)に感染した事実をいう。死者400名以上(感染者2000名以上) 日本国内でのエイズ患者総数415名という段階で、血友病患者が圧倒的多数(292名)71.5%を占めており、その他エイズ発症原因としては、男性同性愛13.5%、異性間接触7.1%、その他不明7.9%となっている。 サイト内関連ページ(日本の薬害・公害) 2004.02.07初出 血友病患者は遺伝的に血液凝固因子が欠落しているので、健康な人の血液でそれを補う必要がある。その方法として、1970年以前は輸血そのものが行われていた。患者は治療のたびに病院に行って大量の輸血を受けなければならなかった。そのため輸血に伴う副作用も多かった。新鮮血によるGVHD(血液による拒絶反応) 1972年には、クリオ製剤という血液の凝固因子だけを取りだした製剤が開発された。純度が高く少量の注射で済むため、患者自身が乾燥処理されたクリオを水に溶かして自分で注射できるようになった。 クリオは国内の1〜2人の供給者から少量づつ作っていた。したがって、供給者の病歴がチェックできるため、品質管理(特に安全性)がしやすいという長所を持っていた。ただし大量生産はできない。 クリオプレシピテート(creopresipitate=低温沈殿物) 1978年には、クリオよりさらに純度の高い濃縮製剤(非加熱)が開発された。ただし、クリオ製剤に比べて血液凝固因子を少量しか取り出すことができないため、大量の血液(約1万人分)を一つに集めて精製しなければならなかった。 原料血漿の最大の供給基地はアメリカである。同性愛者のエイズ症例が報告されるようになっていた。こうした同性愛者が血漿供給者となり、原料血漿にHIV(エイズウイルス)が混入してしまった。 その当時、日本ではエイズウィルス感染者はほとんどいなかったと考えられる。血液製剤の全てを米国に頼るのではなく、国内自給を心がけるべきであった。また、米国で<非>加熱製剤の危険性を指摘された段階で、日本でも直ちに全製品の回収等の処置を取るべきであった。 1982年7月、CDC(米国防疫センター) 1983年3月、米国で加熱製剤承認 ただし、1983年頃から国内血友病患者でエイズ発症例確認 1985年7月、日本で加熱製剤承認 1996年3月29日(平成8年) ミドリ十字の前身は、株式会社「日本ブラッドバンク」(1950年設立)という。設立の中心人物であった内藤良一は、元陸軍軍医学校防疫研究室の責任者で、「関東軍七三一部隊」石井四郎の右腕とされていた。
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