AKIMASA.NET >> 細見谷渓畔林と十方山林道(出版計画)

 

<細見谷は生物多様性の宝庫>


細見谷は生物多様性の宝庫:

細見谷渓畔林の高木層は、ブナ、イヌブナ、サワグルミ、トチノキ、ミズナラ、オヒョウ、ミズメ、ナツツバキ、ミズキ、コハウチワカエデ、ハリギリ、イタヤカエデなどの落葉広葉樹で形成されている。そして、それらの下には、亜高木層、低木層そして草本層に属する実に多くの種が存在している。もちろん、それに伴って、渓畔林では多くの種類の動物たちが暮らしている。

細見谷渓畔林の特異性:

河野昭一・米澤信道(日本生物多様性防衛ネットワーク)は、2002年に初めて細見谷を訪れ、「森と水と土を考える会」を中心とした一般市民を指導して、細見谷の植物調査を開始した。そして、「細見谷と十方山林道」(2002年)P.020において、細見谷渓畔林を植物社会学的視点から群落調査した結果、「チュウゴクザサ-サワグルミ群集」(新称)として認識するにいたった、として次のように述べている。

「高木層にはサワグルミ、トチノキ、ミズナラが高頻度に出現し、ブナ、イヌブナ、イタヤカエデ、ハリギリ、オヒョウなどが中〜低頻度で出現している。また、本群集の特徴の一つとして、オニツルウメモドキ、ツタウルシ、ゴトウヅル、イワガラミ、ヤマブドウなどの"つる"植物が高木層まで達し、日本固有の独特な温帯性落葉樹林の相観を示している。とりわけ、オニツルウメモドキは直径10〜20cmになるものが測定され、また、ヤマブドウも10cmになるものが測定されるなど驚異的な太さのものが随所にみられた。この事実は、この地域の渓畔林が長年にわたって伐採されること無く、原生林状態を維持してきたことの証左である」

「また、低頻度ながら、オシャグジデンダ、ミヤマノキシノブ、シノブなどの着生シダの生育が観察されたことは、森林の極めて高い安定状態と空中湿度の高さを示すものとして特筆される。高木層は30〜35mに達し、林床はかなり薄暗く、湿潤である。また、下低木層には、チュウゴクザサが最高頻度で出現し、林床の大半を埋め尽くす最高被度を示す。また、被度はやや低いがハイイヌガヤも高頻度で出現する。草本類の発達は、そのためやや貧弱であり、「ジュウモンジシダ−サワグルミ群集」に見られるようなシダ植物が優占する状態は見られない」

「このように下低木層にチュウゴクザサや常緑低木のハイイヌガヤが優占するため草本層の繁茂率がやや低いのが本群集の特徴である。とはいえ、わずかな隙間に、少なくない草本や、幼木が見られる。そのため、より高い位置の安定したブナ林に比べると、多くの種数を数えることができ、1コードラートあたり最少で15、最多で37種の構成種が確認された。合計10のコードラートでは、実に113種を数えることができ、本群集の種多様性は極めて高い。その点でも注目に値し、第一級の保全対象と言えよう」

高木層の入れ子構造:

河野 昭一・京都大学名誉教授のお話を初めて聞いたのは、2003年08月16日(土)のシンポジウムにおいてだった。その内容は、細見谷の生物多様性は尋常ではなく、観察ポイント(面積100平方メートル)をずらす毎に高木層の優先種が入れ替わる「入れ子構造」になっている点に最大の特徴があるというものであった。通常であれば、渓畔林を3つの部分(氾濫原、段丘(テラス)そして斜面)に分けた場合、サワグルミは氾濫原に最も多く斜面ではほとんど生育しない。トチノキはその逆で、斜面に最も多く氾濫原ではほとんど生育しないという(京大演習林、もんどり谷)。その程度の大まかなすみわけになるという意味だろう。

「細見谷と十方山林道」(2002年)の巻頭言(河野昭一先生)には次のように書かれている。「(細見谷)渓畔林高木層は、サワグルミ・トチノキが優占する林分面積は圧倒的に広いが、トチノキ、トチノキ−ミズナラ、サワグルミ−ミズキ−オヒョウ、ミズメ−コハウチワカエデ−ハリギリ−イヌブナ、イヌブナ−サワグルミ−ミズナラ、ブナ−ミズナラ、イタヤカエデ−イヌブナ−ミズナラ−トチノキ、ミズナラーサワグルミ、サワグルミ−ナツツバキ−ミズキ−ミズナラ−ミズメなど、多様な樹種が高木層をさまざまな割合で優占し、極めて多様性に富んだ林相を示す」

ここの意味は、観察ポイント毎の優占種(複数の場合が多い)を、"−"ハイフォンで連ねて示しているのだ。極めて多様性に富んだ林相とは、このような優占種が、いくつもの細かい入れ子状態になって存在している、ということだったのだ。そしてその元データは、細見谷渓畔林の組成表1〜5(上記P.022-26)であることが初めて理解できた。

巨樹の存在と樹齢の多様性:

米澤信道・京都成安高校教諭は、河野昭一先生といっしょに細見谷の調査に加わっている。上記講演会では、カツラの大木、直径10cmもあるヤマブドウ、スギラン、ヤブデマリ、サルメンエビネ、カラスシキミ、コケイラン、オオマルバノテンニンソウ、ツチアケビ、ヤマシャクヤクなどの名前をあげて、細見谷の特異性について語った。また後日の講演会では、細見谷渓畔林の巨樹に驚いたエピソードとして、イヌブナと思ったらイヌシデだった(葉で確認)という話を紹介している。

金井塚務・広島フィールドミュージアム会長は、2004年03月06日(土)の講演会で細見谷渓畔林の生物多様性について、樹齢の多様性という観点から話をした。細見谷にはびっくりするような大木が数多く存在する。これらは繁殖力は劣ってきているであろうが、樹木に開いた穴(樹洞−ウロ)は動物たちに格好の居住スペースを与えている。今、巨樹の分布と「ウロ」の分布の研究を進めているという。細見谷渓畔林では、種の多様性と共に年代別の多様性(老木と若木が入り混じっている)にも見るべき点がある、という従来からの主張を発展させたものだ。

前日の中国新聞2004年3月5日(金)にもその事が紹介された。細見谷渓畔林 クマの楽園、林道計画の廿日市市吉和調査、冬眠の樹洞10ヵ所。細見谷渓畔林付近で確認された「クマ棚」、木にツキノワグマが登った痕跡になる。写真提供、金井塚さん 。

いのちの森・西中国山地:

田中幾太郎(元・中学理科教師、1939年生)さんは、島根県益田市在住でツキノワグマ研究家でもある。猟師だった祖父に連れられて幼少の頃より自然に親しみ、中学生時代以降は西中国山地の深山を歩き続けてきた人だ。「いのちの森・西中国山地」光陽出版社(1995年)では、そうした自身の実体験をもとに、古老が語る昔の思い出話を織り交ぜて、"いのちの森"西中国山地再生への熱き思いを語っている。

本書に登場するのは、ヤマネ、モモンガ、ムササビ、カワウソ、ゴギ、ヤマメ、サケ、アユ、カマキリ、カジカ、ドンコ、モクズガ二、カエル、ウスバシロチョウ、シカ、クマタカ、オオカミ、ヘビ、そしてクマと多種多様だ。

細見谷には、ツキノワグマを初め多くの動物たちが暮らしている。カゲロウなどの水生昆虫あるいは陸生貝類、小型サンショウウオやニホンヒキガエルなどの両生類、ほ乳類では、モグラ目やコウモリ目、ウサギ目(ノウサギ)、ネズミ目(モモンガ、ムササビ、ヤマネなど)、ネコ目(ツキノワグマ、キツネ、タヌキ、テン、イタチ、アナグマ)、ウシ目(イノシシ)というように多岐にわたる。空に舞うクマタカを見かけることもまれではない。また最近では、オシドリ繁殖の可能性が示唆されている。生物多様性の宝庫といわれるゆえんである。

生命の誕生と生物多様性:

宇宙が誕生したのは、今から百数十億年前のビッグバンによるとされる。銀河系の誕生(天の川銀河系、120億年前)、そして太陽系の誕生(約46億年前)から地球上における生命誕生(約40億年前)まで、いくつもの重大な出来事が起こった。そして、その後も続いた様々な環境変化を乗り越えて、生物は現在まで途切れることなく命をつないできている。

生命の誕生から現在まで、生物は幾度か絶滅の危機に遭遇した。しかし、すべての生物が完全に死滅することはなかった。そのたびに生き残った生物が次の新しい時代を作り上げていったのだ。海中での有機化合物の合成から生命の誕生・発達、そして陸上への進出というように、生物の進化とは、生息域の拡大を伴う種の分化(多様化)といってもよい。

生物多様性とは、"EICネット:環境情報案内・交流サイト"によれば、「もとは一つの細胞から出発したといわれる生物が進化し、今日では様々な姿・形、生活様式をみせている。このような生物の間にみられる変異性を総合的に指す概念であり、現在の生物がみせる空間的な広がりや変化のみならず、生命の進化・絶滅という時間軸上のダイナミックな変化を包含する幅広い概念」としている。

遺伝子の多様性(ブナ集団の場合):

生物多様性は、「遺伝子」、「種」、そして「生態系」の三つのレベルで考えられている。「遺伝子」レベルの多様性とは、同一「種」内における遺伝子の多様性のことであり、環境の変化に対する適応からさらには種の分化まで、生物進化の原動力となっている。

河野昭一先生の講演(2005年10月02日(日))で、「遺伝子」レベルの生物多様性について少し理解を深めることができた。ブナは風媒花だそうだ。同一個体に雄花、雌花を持っているが、開花時期が少しずれる仕組みになっており、自家受粉はしない。それでは、ブナの花粉はどれくらいの範囲に飛散するかといえば、ほとんどは親木から約30m、最も遠くてせいぜい70〜80mだという。したがって、ブナ集団がこの程度の幅をもって分断されると、隣の集団と遺伝子の交換をすることがむつかしくなる。

ブナ集団が分断されて集団サイズが小さくなると、遺伝子の組み合わせが単純化して、遺伝子の多様性が急激に失われる。それは、やがて絶滅につながることを意味する。各地の大小ブナ集団について、1本1本の木ごとに遺伝子解析を行った結果は、そのことをはっきりと示している。

細見谷渓畔林の場合、見た目にはまだ何とか全体が一つの集団としてまとまっており、遺伝子の多様性はかろうじて保たれているだろうという。そのことを実際に確かめるため、ブナの遺伝子解析調査が行われかけたが、種々の事情で今は保留となっている。残念なことだ。*遺伝子解析:各種酵素タンパクのアロザイム多型(血液型のようなもの)分析など

種および生態系の多様性:

「種」レベルの多様性とは、「種」の総数そのものを対象としたもので、一般的に理解しやすいだろう。ここで種(species)とは、「広辞苑」最新版(第五版1998年)の生物学に関する項を抜き出すと、「生物分類の基本単位。互いに同類と認識しあう固体の集合であり、形態・生態などの諸特徴の共通性や分布域、相互に生殖が可能であることや遺伝子組成などによって、他種と区別しうるもの。生物種。(以下略)」となる。

これまで地球上で記録された生物数は約180万種とされている。そして、昆虫、下等植物、微生物の解明が進めば、その数は更に増えて、三千万から一億種にもなるだろうとも言われている。

これらの種は、単独で生息しているわけではない。ある一定の環境ごと、すなわち気候条件を中心として地形や地質などの環境ごとに適応した多様な生物が、互いに共生しあう関係にある。あるいは、環境の異なる生態系ごとに棲み分けをしている。「生態系」レベルの多様性とは、様々な生物の相互作用から構成される様々な生態系が存在することをいう。

「生物多様性は生命の豊かさを包括的に表した広い概念で、その保全は、食料や薬品などの生物資源のみならず、人間が生存していく上で不可欠の生存基盤(ライフサポートシステム)としても重要である」(同上、EICネット)。

人類の誕生と生物多様性:

「"日本人はるかな旅"展」(国立科学博物館)によれば、「私たち世界中の現代人は、ホモ・サピエンス(Homo sapiens、新人)という一つの種に分類されます。新人は、10万年前ごろにアフリカで誕生し、6万年ほど前からユーラシア大陸に広がり始めたと考えられています。新人は、旧人に比べるとはるかに進歩した技術を持ち、急速に分布範囲を広げ、世界中へ拡散して各地の現代人の祖先となりました。つまり、世界中のどの現代人集団も、ほんの数万年前までは同じ集団の仲間だったのです」

新人(現代人)の誕生は、地球と生物の長い進化の歴史からすれば、ほんのわずか前の出来事に過ぎない。しかしながら、その人類の経済活動の影響を受けて、きわめて短期間のうちに多くの動植物がすでに絶滅したり、絶滅の危機に瀕するようになっている。

生物界に最後に登場したヒトの生命は、数え切れないほどの生物達の相互作用の上に成り立っていることを忘れてはならない。地球規模での環境破壊の進行による絶滅種の増加、すなわち生物多様性の低下は、今やヒトそのものの生存を脅かすまでになっている。


「"日本人はるかな旅"展」(国立科学博物館)
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/1/1-07.html


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