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<日本産イワナ属の分類(ゴギをめぐって)>


ゴギ(日本産イワナ属)とは:

ゴギは、イワナ属に分類される渓流魚だ。その特徴として、大きな斑点、頭部の虫食い模様(頭にも白点があり)、体側に橙赤色の点を持つこと等があげられる。生息域は中国山地に端を発する河川の水源地帯であり、その自然分布域は、山陰では島根県の斐伊川水系から高津川水系まで、山陽では岡山県の吉井川水系、広島県の太田川水系から山口県の錦川水系までとされている。

中国山地のゴギについては、広島大学の佐藤月二先生や水岡繁登先生によってくわしい研究が行われた(下記文献等)。そのゴギは、広島県庄原市西城町において県天然記念物に指定(1951年)されている。

指定の理由は、佐藤月二P.030によれば、「ゴギが地質時代寒冷期の残存動物として、高山のほとんどない中国地方に分布することはめずらしく、世界的に見ても生物地理学上注目に値すること」によっている。*庄原市:広島県東部(備北)

また同P.006では、「(広島県西部の恐羅漢山、冠山を含む山塊にすむゴギは、イワナ属としては)現在知られる範囲においては本邦の最南分布地であるばかりでなく、世界的に見ても最南分布地にあたり、氷河残存動物としての意義はまことに深いものがある」としている。 細見谷を含む地域のことだ。ただし、イワナ分布範囲の緯度からすると、世界最南端は紀伊半島のキリクチ(ヤマトイワナ型)となる。*恐羅漢山:広島県北西部(安芸太田町)、広島県最高峰1346.4m

さて、2006年10月に、沼長トロ山1014.4m東側の源流(沼ノ原)−標高約890m地点で、私は水流の中にはっきりと魚影を見た。体長(全長)20cm位だった。残念ながら、一瞬のうちにゴギかアマゴかなど区別する力は私にはない。しかし、これが標高900m前後の山奥に氷河期の昔から住み続けている魚だと思うと、これからもしっかり生きていってくれとおもわず声をかけたくなるのだった。*沼長トロ山:細見谷渓谷(細見谷川下流部)南側

ゴギの好む水温は何度か?

田中幾太郎は、「西中国山地のゴギは、最低で350m、最高地点は1,100mに達し、生息域としては、500〜900mが標準である」(西中国山地の分水嶺、1,000〜1,300m)とした上で、「西中国山地のゴギは、ヤマメやアマゴ域との接点で混生することはあるものの、やはり、日本産サケ科の”イワナとヤマメのすみ分け”どおりに、谷の最上流域を占拠している。そこでは、最も大切な水温が、夏でも摂氏15度から18度と低く、20度を超えることはない」 (「いのちの森・西中国山地」P.042-043)と記している。

佐藤月二P.013は、「ゴギ生息水域の水温は夏期といえども15℃以下の流水域で、冬期0〜5度C内外のところである」としている。山本聡は、イワナの成長速度条件としては、「水温が冬9℃くらいで、夏が18℃くらいのところが、水温条件としてはベストでしょう」(「イワナその生態と釣り」P.069)と述べている。

山本は大学卒業論文にイワナを選び、長野県水産試験場に勤務する研究者であり、「シーズン中は週に1回イワナを釣らないと体長を崩すほどの釣り人」(同書カバー裏)だ。

「細見谷と十方山林道」(2002年)P.0310-032では、細見谷川に流入する伏流水および湧水の水温の測定結果を収載している。その中で、「(対照として)本流川水の水温を水越峠から1000m付近、2100m付近、3000m付近、4000m付近で、それぞれ川の表面、川底、川岸、本・支流の中心部で測定したが、変動は僅かでほぼ8.0℃であった」(中根・田上P.030)。 *調査日:2002年10月30日

日本産イワナ属の分類:

イワナ(ゴギを含む)は分類学上、サケ科サケ亜科イワナ属Salvelinus(サルベリヌス)に分類されており、その分布の中心は、日本海からオホーツク海に至る地域と考えられる。そして、日本産イワナ属の分類をめぐっては、二十世紀前半から様々な議論が展開されてきた。すなわち、各地に存在する個体群(地方型)を種として独立させるか、それとも亜種とみなすか、あるいは変異の範囲にすぎないと考えるかの問題である。

日本産イワナ属の分類としては、現在ではオショロコマS.malma(北海道のみ)とイワナS.leucomaenis(北海道、本州)の二種のみとすることで落ち着いてきているそうだ。以下、主として山本聡(元・長野県水産試験場)氏の見解を元に、私なりに頭の中を整理してみた。なお、山本氏(現・長野県農政部)からは出典についてご教示をいただいた。

ミヤベイワナ(亜種)はオショロコマに含まれ、アメマス、ニッコウイワナ、ヤマトイワナ、ゴギの4型(地方型)を一まとめにしてイワナ(あるいはアメマス)としている。なお、イワナの日本における大まかな分布(棲み分け)は、アメマスは北海道から東北地方、関東地方の一部。ニッコウイワナは山梨県あるいは鳥取県以北。ヤマトイワナは中部地方、琵琶湖流入河川と紀伊半島の一部。ゴギは中国地方の一部である。

ミヤベイワナ(オショロコマの亜種)は、然別湖およびその流入河川に生息しており、北海道天然記念物に指定されている。紀伊半島のキリクチは、ヤマトイワナ型の孤立個体群として絶滅の危機にあり、奈良県天然記念物に指定されている。なお、キリクチは世界のイワナ属分布の最南端にあたる。そして、ゴギ(広島県天然記念物)は、日本における分布の最西端となる。

イワナは変異の大きい種だ:

イワナの4つの地方型を、別種あるいは亜種とした文献もかつて存在した。イワナの斑点の大きさや色の変異は、ほかの魚類に比べて著しいことがその大きな原因の一つであったといえよう。しかし現在では、これらは同一種内の変異にすぎないと考えられている。なお、ゴギは他の地方型よりは変異の程度が大きいとされる。

魚種の分類を行なう上で、斑点といった外観の差はもちろん重要な要素だ。それに加えて、解剖学的形質も重要なポイントとなる。イワナ属では、鰓(えら)の内側にあるトゲ状の器官である、鰓耙(さいは)と幽門垂(ゆうもんすい)の数がよく調べられている。

その結果をみると、オショロコマとイワナでは明瞭な違いがみられる。一方、イワナの地方型を北から南に並べると、鰓耙数、幽門垂数は連続的に数が減少している。これらの結果から、イワナの地方型は、同一種内の地理的変異と考えるのが妥当とされている(「イワナその生態と釣り」P.023-024)。

ここで、今西錦司(1967年)の生態学的分類は注目に値する。棲み分け理論を駆使してまとめたもので、日本産イワナ属を二種一亜種とした。すなわち、オショロコマを除く日本産イワナをすべてイワナ一種(ゴギ亜種を含む)としたもので、当時としては画期的な見解であった。

その後のヘモグロビン電気泳動法、酵素タンパク多型(アイソザイム)分析、あるいは骨学的分類は、大筋では皆ほぼ同様の結論を示している(「西中国山地」P.221)。

イワナ属魚類の棲み分けについて:

イワナは、北海道、本州、朝鮮半島北部からカムチャッカ半島までの北太平洋アジア地域に分布している。世界的にみれば、イワナ属魚類もサケ同様に降海型の生活史をもっており、成長過程で海に下り、成熟して川を遡上する。

しかし、日本産のイワナの中で降海型として知られるのは、アメマスの一部(北海道が圧倒的に多い)のみである。「(一生を川で過ごす)河川残留型には、アメマス型とニッコウイワナ型が、陸封型には、すべての型が見られます。ヤマトイワナ型とゴギ型では陸封型しか見られません」(「イワナその生態と釣り」P.050)。

オショロコマ(アイヌ語でオソル・コ・オマ、特殊な岩魚)の分布は、北海道から沿海州、オホーツク海、ベーリング海を経てアメリカ北西部まで拡がっており、降海型とされる。しかし、北海道のオショロコマは、知床半島の河川では降海型がみられるものの、その他ほとんどの河川で上流域に限られた分布となっており、河川残留型である。

イワナ属(サケ科)魚類は寒冷の地を好む。過去の氷河期において気候が今よりも寒冷であった時期には、日本産のイワナ属も、海と河川を往復する降海型であったと推測される。

ところが、氷河期の終焉に伴う気候の温暖化とともに、各地の河川上流域の冷涼な水系に取り残され陸封されてしまった。そして、お互いに遺伝的な交流のない状態で長い年月の間に独自の変化を遂げ、その結果、地域間で外観上大きく異なる変異個体が存在することになったと考えられる。

アメマス、ニッコウイワナ、ヤマトイワナ、ゴギは、ほぼ北から南に棲み分けている。ところが、それらが接する河川の中には、二つの地方型が混在するケースのあることが知られている。また、それらの中間型も存在しているという。こうした現象は自然現象として従来からあったものなのであろうか。

原因の一つとして、近年盛んになった放流のため地域ごとの分布が混乱し、本来の遺伝的な系統に混乱を招いている可能性が指摘されている。日本産イワナ属は、世界のイワナ属の中で最も南に分布している。そしてそれらの地方型は、かつての日本の氷河期時代を反映した鑑として、生物地理学的に興味深い対象である。取り扱いは慎重にしたいものだ。

標本が大切だ:

標本は種の同定には欠かせない。日本産イワナ属の分類をめぐる議論の発端となったのは、アメリカの有名な魚類学者ヨルダン(Jordan)が島根県浜田付近で入手したゴギ(Salvelinus leucomaenis imbrius Jordan and McGregor,1925)であり、彼が原記載に使った標本は、カーネギー博物館の所蔵標本番号7797番であった。

後に日本の学者が標本を確認するためスタンフォード大学分類学教室を訪ねたが、標本はシカゴの自然博物館に移されており確認の機会を逸したという(「西中国山地」P.220-223。

参考、サケ属魚類(ヒラメ)について:

中国地方の渓流に生息するサケ属Oncorhynchus魚類はヒラメと呼ばれている。魚類の専門家は、これを瀬戸内海型と日本海型に区別して和名を与えている。すなわち、瀬戸内海へ流入する河川に生息する"アマゴ"(体側に朱斑点多数あり)、日本海側の河川の"ヤマメ"(体側に朱斑点なし)だ。

そして、アマゴはサツキマスの陸封型、ヤマメはサクラマスの陸封型としている。なお最近の研究成果では、斑点のあるなしにかかわらず、これらは皆同一種と考えるべきとする意見もある。イワナ(あるいはアメマス)の地方型程度の違いしかないのであろうか。興味深いところである。


佐藤月二「ゴギ(中国地方のイワナ)」
 広島県文化財調査報告(第3集)P.3-30(1963年)、別図5ページ
桑原良敏「西中国山地」(1997年復刻、1982年)
山本聡「イワナその生態と釣り」つり人社(1991年)
田中幾太郎「いのちの森・西中国山地」光陽出版(1995年)

図版:オショロコマとイワナの分布概念図「イワナその生態と釣り」P.022


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