AKIMASA.NET >> 細見谷渓畔林と十方山林道(出版計画)
<廿日市市の植生> 瀬戸内海(宮島)から西中国山地まで: 廿日市市の市域は、平成の大合併後、海抜0m地帯の瀬戸内海から標高1300m台の西中国山地まで拡がった。そして、山向こうの隣町匹見町(旧・島根県美濃郡)は、ここも同様に合併して島根県益田市となった。つまり、瀬戸内海に浮かぶ宮島を擁する廿日市市が、日本海に面した益田市と、"西"中国山地で隣り合わせに並ぶことになったのである。 さて、中国地方の山地には、三段の侵食平坦面が発達している。すなわち、道後山面(どうごやま)、吉備高原面(きびこうげん)そして瀬戸内面(せとうち)である。これらは通常、高位面(海抜1000m以上)、中位面(海抜500m)そして低位面(海抜100m)と呼ばれる。 廿日市市内でいえば、高位面・西中国山地と低位面・瀬戸内海沿岸部(宮島を含む)およびその中間に位置する旧・佐伯町や吉和の集落付近ということになる。参考までに、佐伯支所の標高約285m、吉和支所隣の市垣内四等三角点の標高593.5mとなっている。 ユネスコ世界文化遺産「厳島神社」: 廿日市市宮島町「厳島」は、ユネスコ世界文化遺産「厳島神社」のある島だ。社殿を中心とする厳島神社と共に、前面の海および背後の弥山原始林(天然記念物)を含む区域(厳島全島の約14パーセント)が世界文化遺産に登録されている。そして、その区域を除く厳島全島がバッファーゾーン(緩衝地帯)とされている。 弥山原始林は、"低位面"の代表的な植生である「暖温帯常緑広葉樹林」(照葉樹林)で成り立っている。ただし、一般的な照葉樹林とはかなり趣が異る。たとえば、南方系のミミズバイと針葉樹のモミが、同所で海岸部に見られることは、宮島以外ではまずお目にかかることのできない特異な現象である。ミミズバイは、広島などでは海岸沿いの暖かい場所に極希に見られる。これに対して、モミは本来、中位面前後の急傾斜地に見られる植物だ。 十方山・細見谷渓畔林: 廿日市市吉和にある十方山・細見谷渓畔林(細見谷川沿いの水辺林)は、「冷温帯落葉広葉樹林」(ブナ林)で覆われた美しい渓流となっている。しかしながら、その長さは10kmに満たず、幅は両側に100〜200m位しか残されていない。それより上部は、皆伐のうえ全て人工林化されている。 渓畔林の標高は、細見谷川の流れに沿って標高約940m〜750m位であり、かつてはその両側の標高差500m前後の"高位面"(山頂部)まで、全山落葉広葉樹林で覆われた"それはそれは深い森だった"そうだ。 東アジアの植生分布: 東アジアの植生分布は、長江(揚子江)流域を基点として、三つに大別できる。常緑広葉樹林帯(長江流域を含んでその南側)、落葉広葉樹林帯(北側)、および乾燥地帯(西側)の三つである。(「日本文化の基層を探る」P.053) 常緑広葉樹林帯(照葉樹林帯、暖温帯)とは、ネパール・ヒマラヤの中腹から長江(揚子江)流域を経て西南日本に至る帯状の地域で、イネの運ばれてきた<南からの道>である。これに対して、落葉広葉樹林帯(ナラ林帯、冷温帯)とは、東日本の縄文文化を支えた豊かな森であり、<北からの道>に連なっている。つまり、東アジアの植生を二分する南北森林帯の境界線が、日本の本州を東西に分けている。 照葉樹林帯(南からの道): 照葉樹林は、「ネパール・ヒマラヤでは高度1500メートルから2500メートルあたりにみられますが、そこからブータンやアッサムの山地、ミャンマー(ビルマ)北部を中心とする東南アジア北部の山地、さらに中国の雲南・貴州の高地をへて江南の山地に至り、海を越えて朝鮮半島南端部から西日本一帯をおおって本州の中部にまで達しています」(同上P.018)。 照葉樹林帯には、モチの文化など共通する特有の文化要素が存在しており、照葉樹林文化と称されている。佐々木高明は、日本文化の形成を考える時、この照葉樹林文化という南からの文化に加えて、北からの文化にも注目すべきとして、ナラ林文化という仮説の枠組みを提示した。 ナラ林帯(北からの道): ナラ林文化の領域は、長江や淮河より北側の落葉広葉樹林帯にある。「日本文化の基層を探る」P.053の図「東アジアの植生とナラ林文化・照葉樹林文化の領域」によれば、その範囲は、環日本海地域(朝鮮半島中・北部、中国東北部、ロシア沿海州、アムール川下流域、サハリン、北海道、東北日本)に加えて、華北一帯と読み取れる。 佐々木高明は、長江や淮河より北側の森林は、「主としてコナラ亜属(Quercus)の落葉広葉樹で構成されていますので、ナラ林帯とよぶことができますが、このナラ林帯はさらに二つに分けて考えるのがよいと思います」(同P.054)と述べている。 すなわち、「淮河から遼東半島に至る、いわゆる華北一帯を占めているのがリョウトウナラ林」であり、「ハルビンと瀋陽をつなぐ線より東側は、(中略)モンゴリナラの分布域」となっている点に注意をうながしている。さらには、「沿海州からアムールの下流域までを含めて、広い意味のナラ林帯と考えておきたい」としている(同P.054ー055)。 ところで、日本のブナは湿潤な気候を好む。これに対して、大陸側は乾燥気候(大陸性気候)のためブナを欠いている。 廿日市市は二つの異なる森林帯を有する: 廿日市市役所(瀬戸内海)〜益田市役所(日本海)の間は、直線距離にして約60km位だ。そして、廿日市市内の宮島〜西中国山地間は直線距離約35km位だろう。たったこれだけの区間の同一市内に、東アジアの植生を南北に二分するよう森林帯が両方とも手付かずで残っている。廿日市市が平成の大合併によって得た財産は非常に大きい。 なお、上記のことは、シンポジウム「廿日市の宝−細見谷」2003年08月16日(土)の中の「概説、暖温帯・瀬戸内から冷温帯・本州最西端のブナ帯へ---世界的にも珍しいこの地域の特徴---」金井塚務(広島フィールドミュージアム)により初めて認識した。 佐々木高明「日本文化の基層を探る」(1993年)NHKブックス
図版:東アジアの植生とナラ林文化・照葉樹林文化の領域
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