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<落葉広葉樹林の代表−ブナの森>


日本のブナ属植物:

「週間・日本の樹木」(全30巻)学習研究社(2004年)は、"ブナ"(創刊号、第1回配本)から始まる。そして、その特集は「世界遺産白神山地」だ。実は現在の地球上で、まとまったブナの森があるのは日本をおいてほかにない。白神山地は、世界で唯一"ブナ林"をテーマとした世界遺産として貴重な存在となっている。

日本のブナ属植物には、ブナとイヌブナの2種があり、ともに日本固有種となっている。ブナ(Fagus crenata)は、北限の北海道南部の平地(渡島半島の黒松内低地)から南限の鹿児島県の山地(高隈山)まで、ほぼ全国的に広く分布している。これに対して、イヌブナ(Fagus japonica)は岩手県以南の主に太平洋側を中心として、四国、そして九州の宮崎県まで分布する。イヌブナは、岐阜県から中国地方にかけては日本海側まで分布するが、石川県以北の日本海側には分布しない。そして、ブナはイヌブナよりもやや標高の高いところに分布するとされるが、完全にすみ分けているのではなく、両者の分布域はかなりの部分で重複している。

世界のブナ属植物の分布域は3つある:

世界のブナ属植物は、北半球の温帯に広く分布している。というよりも、正しくはかつて分布していたといった方がよい。その理由は後で述べるとして、ブナ属植物の分布域は実は世界的に連続しておらず、飛び地のように離れて3つのセンターが存在している。すなわち、北西ヨーロッパ、東アジア(日本から中国内陸部にかけての一帯)、そして北アメリカ大西洋岸の3つだ。かつて北極圏を取り囲むように分布していた落葉樹林帯が、氷河期に南に押し出され、温暖化とともに再び北上する段階で分断された結果とされている。

「この3つのブナ帯は、第3紀起源の遺存的な暖温帯性植物の分布域としても極めてよく知られている。とりわけ、日本列島から中国内陸部へ拡がる、ブナを主体とする落葉樹林帯が分布する地域と、アメリカ大陸東部の氷河期に多くの温帯植物の避難場所(refugia)となったアパラチア山地を中心とする落葉樹林帯には、数多くの暖温帯、冷温帯の遺存種の分布の中心がある。・・・(樹木をはじめ)木本低木、草本植物で第3紀起源とみなされる植物には広い意味でブナ帯や隣接した植生帯に同居、または隋伴して分布するものが実に多い」 (「細見谷と十方山林道」(2002年)河野昭一P.067)

デビッド・ブフォード(東京大学総合研究博物館客員教授)は次のように述べている。「(アパラチア山脈南部と東アジアは)植物学的に緊密な関係を持っている。(中略)アパラチア山脈南部はアパラチア山脈システムの一部で、中生代以降海面下に沈むこともなく、北方に発達した更新世の氷河を免れた地域である。北米中緯度地域としては最も雨がよく降る地域でもある。地形も変化に富んでおり、さまざまな岩石、土壌が発達しているので、植物の生育には理想的な地域となっている」

上記3つのブナセンターは、いずれも今日の地球上で文化の発達している地域に含まれている。そしてそこは、世界の穀倉地帯となっている地域でもある。ブナは、気候温和にして適度の雨量がある環境を好む。人間にとっても生活しやすい環境だ。そしてなにより、ブナの森は、落葉が何年にもわたって積み重なってできた肥沃な土壌を提供してくれるため、農耕に最適な場所だったといえる。という訳で、世界各地のブナの森は、人間の生産活動の過程で破壊されてしまった。かろうじて残っているのが、東アジアの一角にある日本のブナの森ということになる。

ブナ林は、「緑のダム」として大切だ:

ブナ林は今では「緑のダム」といわれている。日本では今まで、ブナを漢字で木偏に無と書くなどして、"ブナは木でない木、何の役にも立たない木"とされてきた。戦後の拡大造林ではブナの森は皆伐され、その代わりにスギ・ヒノキが植えられた。しかし、ブナそのものは十分に保水できる地形を好み、そして、高木層のブナを中心とした亜高木層、低木層、その下のササ類が雨水を順番にしっかりと受け止め、さらに、大量の落ち葉が積もってできた土壌がスポンジのように雨水を吸収して蓄えるなどの機能を持っている。

豪雪地帯のブナ林:

日本のブナの森は、世界でただ一つ残っているブナ属のセンターとして、非常に重要な位置を占めている。そのブナは、湿潤な気候を好む。したがって、日本海側の豪雪はブナにとって大変好都合だ。ところで、なぜこの地域が世界的な豪雪地帯となっているのだろうか。

最終氷期(ヴュルム氷期)の最寒冷期(Last Glacial Maximum LGM)にあたる約2万年前には、海水面は現在の水深120〜130m付近にあったとされている。このため、「宗谷海峡が陸化することで北海道とサハリンがつながり、津軽海峡は冬期に氷結して氷橋となって本州とつながることととなった。一方、西の端の朝鮮海峡は幅15kmほどの狭い海峡であった」 (「縄文論争」P.068)。すなわち、日本列島はまだ形成されておらず、大陸の一部として存在していた。

その後、気温の上昇に伴って海水面が上昇し始める(約1万8千年前)。やがて、北海道がサハリンと切り離されて日本列島が形成され、そのような地球規模の大変化に刺激されて縄文文化が誕生する。その時期は、最近の炭素14年代測定法によると、約1万6千年前(従来説1万2千年前)とされている。

さて、海水面の上昇によって朝鮮海峡の幅が広がり、対馬海流が日本海に入るようになる。この暖かい海流(暖流)の流入が、日本海側の積雪量を一気に増加させた(約1万1千年前)。

そのことは、ミヤコザサを対象とした研究から推測されている(「縄文論争」P.069)。ミヤコザサは冬期の最深積雪深が50cmを超えると分布できなくなるといわれている。そして、イネ科タケ亜科のうち、チシマザサ節・チマキザサ節とミヤコザサ節は、積雪50cmを境に棲み分けをしている。したがって、これらを対象とした植物珪酸体(プラント・オパール)分析によって、過去における積雪量の変遷を推測することが可能となる(古環境研究所ホームページ)。

植物珪酸体(プラント・オパール)とは、植物細胞内に蓄積されたガラスの主成分である珪酸(SiO2)が、土壌中でそのまま半永久的に残っているものをいう。この極小の化石を研究することによって、稲作(イネ科栽培植物)の日本への浸透過程を解明するなど、大きな成果が得られている。

広島県のブナ林:

「山毛欅の森の詩」ブナの森出版(2003年)という本がある。「ぶなのもりのうた」と読む。「山毛欅の森塾」を主宰し、毎月ブナ山行を続けている西村保夫さん(西村ふうふう山の会)の著作(自費出版)だ。広島県のブナについて、春夏秋冬のブナ(特に巨樹)の姿を写した美しい写真と、広島県のブナ山27選の紹介文からなっている。西村さんのブナをいつくしむ暖かい心が伝わってくる本だ。マイナーな山も含まれており、そうかあの山にもブナが残っているのか、ルートは?など、思わず登山意欲を掻き立てられる。

西村夫妻とは面識がなく、直接言葉をかわしたことはまだ一度もない。しかし、ニアミスは二度ほど起こしている。まず最初は、私の細見谷初体験である小型サンショウウオ観察会&調査(2002年8月10日)だった。そして、そのことがわかったのは、2年後に西村さんから私宛に問い合わせのメールをいただいたことがキッカケだった。その時、書籍「細見谷と十方山林道」2002年版の参加者リストを改めて見直して、あの日あの時ごいっしょだったことを知る。

さて、そのメールの内容は、私がホームページ上で公開している山行記録を見た上で、天狗石山草尾根手前にある熊押四等三角点981.7m(広島・島根県境)の位置を知っていたら教えてほしいというものだった。しかし、私もこの三角点をきちんと確認していた訳ではなかった。そこで、両者実地踏査を繰り返して、やっと三角点の存在を確かめることができた。たのしいメールのやり取りをしたことを思い出す。

そして、メール交換からさらに2年後の今年春、二度目のニアミスを起こしていたことを、最近11月になって知った。それがわかったのは、西村著「山毛欅の森の詩」の購入希望メールを私が出したことによる。そして、今回のメール交換では、西村さんからいつかごいっしょにとお誘いを受けており、同行山行が実現する日を楽しみにしている。


東京大学総合研究博物館ニュース(Ouroboros Volume 7/Number 1)
東アジア植物学とデータベース(上)デビッド・ブフォード(David E. Boufford)
東京大学総合研究博物館研究部博物情報メディア系客員教授(植物学)
米国ハーヴァード大学植物標本館副館長
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/museum/ouroboros/07_01/kenkyu.html
株式会社古環境研究所>>業務内容>>古環境を復元する
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kokankyo/gyomuB.htm

藤尾慎一郎著「縄文論争」講談社選書メチエ256(2002)
「山毛欅の森の詩」ブナの森出版(2003年)
http://www8.ocn.ne.jp/~bunamori/(ブナ本購入はこちらから)

図版:最終氷期最寒冷期の海岸線と植生「縄文論争」P.068


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