AKIMASA.NET >> 細見谷渓畔林と十方山林道(出版計画)
<大規模林道(緑資源幹線林道)とは何か> 細見谷大規模林道工事とは: 細見谷大規模林道工事とは、"十方山林道の大規模林道化工事"のことであり、二軒小屋(戸河内側)〜吉和西(吉和側)間を走る「既存」(未舗装)の十方山林道(細見谷林道)を、緑資源幹線林道事業(旧・大規模林業圏開発林道事業)に組み込んで、拡幅舗装化(一部舗装化のみ、一部新設)しようとする工事のことをいう。 路線、区間、そして工事区間: 細見谷林道工事の正式な"工事"区間名は、緑資源幹線林道大朝・鹿野線戸河内〜吉和区間(二軒小屋・吉和西"工事"区間)である(計画延長13.2km)。なお、戸河内・吉和区間の起点は城根であり、そこから二軒小屋までの工事区間(城根〜二軒小屋工事区間)11.1kmは、すでに2004年(平成16年)12月に完成している。 つまり、戸河内・吉和区間には二つの工事区間があり、一つが完成して残りもう一つの工事区間が2006年11月21日(火)着手されたことになる。そして、戸河内・吉和区間そのものは、現在着手中の区間である、という考え方をするようだ。同様に、大朝・鹿野線は現在着手中の路線である。 ちなみに、大朝・鹿野線は、全国7林業圏域で展開されている計32路線(29路線・3支線)のうちの一つである。広島県北西部に位置する芸北町、戸河内町、吉和村から山口県北部の錦町、美和町、本郷村、鹿野町の各町村(旧町村名のまま)を通過するものである。2006年現在、全体での進捗率63%となっている。 独立行政法人"緑資源機構"沿革: 大規模林道工事は、幾度かの組織変遷を経た後、現在では独立行政法人「緑資源機構」による「緑資源幹線林道」事業として実施されている。 昭和31年、森林開発公団設立、熊野・剣山地域林道事業 組織名称の変遷; 森林開発公団の設立: 1956年(昭和31年)7月16日 公団設立の主たる目的は、「熊野川流域(奈良・三重・和歌山の三県)と剣山周辺地域(徳島県)において、増大する木材需要に対処するため、手付かずに残されている奥地未開発林を開発するための林道を開設すること」にあった。 このように、本来公団設立の主目的は、限定された地域における林道事業を行うことにあり、事業終了(1963年)とともに公団は解体されるべき運命にあった。ところが公団では、初期の事業が終わるまでに、下記のように、関連林道事業、水源林造成事業の二つを新たな所管事項として加えている。 1959年(昭和34年)3月 1961年(昭和36年) スーパー林道で計画的伐採は行われなかった: 1965年(昭和40年) スーパー林道は、自然公園内の山岳地帯を通過する路線が多く、自然保護や林道の安全性の観点から多くの問題を残している。 例えば、南アルプススーパー林道(長野県〜山梨県)は、南アルプス国立公園を貫いて開設されている。最高点は、南アルプスの仙丈ヶ岳3032.7m〜甲斐駒ヶ岳2965.6m間にある北沢峠2030m台であり、そこが長野・山梨両県の県境となっている。県境山岳部では一般車両は通行止めとなっており、両県側から小型バスが北沢峠まで運行されている。現在では、北沢峠付近の国立公園第一種指定地域のところだけ土のまま残され、その他は舗装されている。観光開発と自然保護との綱引きの中で決められた妥協策ということだ。 スーパー林道を使った計画的な伐採はほとんど行われなかった。1990年に完成したこの事業では、実用性のない林道に膨大な建設費が使われただけだった。 大規模林道はさらに大型の規格だ: 1973年(昭和48年) 公団ではスーパー林道に加えて、さらに大規模林業圏開発林道事業を所管することになった。大規模林道とは、全国に7つの林業圏域を設定した大規模林業圏開発林道事業において、それぞれの圏域林道網の中枢として位置付けられた大規模な林道のことをいう。 いわゆる「大規模林道」は、幅員7m(道路幅員5.5m)、二車線"舗装"であり、「スーパー林道」(未舗装)よりもさらに大型(舗装)の規格となっており、大型観光バスの走行も可能とするものである。まさに「山岳ハイウェイ」そのものだ。「林道沿線に森林レクリエーション等の場がある場合には、時期的に交通量が多くなり、大型バス等の乗り入れも多くなる」ことを想定している。まさにバブル期のリゾート開発となんら変わるところがない。 ところが、大規模林道はスーパー林道と同様に厳しい山岳地帯を通る道路であり、林道工事中や完成後に擁壁・路肩等の崩落が各地でおきている。地質や気象条件の厳しい場所での道路建設では、完成までの建設費のみならず完成後の継続的な補修に工事費がかさみ、その度に国民の血税がたれ流され続けている。 大規模林道は林道か? そして、本業の林業に関しては、藤原信・大規模林道問題全国ネットワーク代表委員が、次のようにするどく批判している。「(本事業で開発の対象となる地域、すなわち)これまで生産性の低い薪炭林として人工林化されなかった地域は、自然条件がスギやヒノキの人工林に適さないところが大部分で、このようなところに適地、適木、適施業という林学のルールを無視して拡大造林を進めても、不成績造林地を拡大生産することになり、林業的効果はほとんど期待できない」 。(「大規模林道はいらない」P.019) 緑資源機構HP(2006年12月閲覧)によれば、「(全国の7林業圏域において)現在計画されている延長2,116kmのうち、60%に当たる1,263kmが完成しています。完成した幹線林道は、地域振興の基盤として活用されてます」となっている。逆の見方をすれば、事業開始三十余年にして、いまだ計画の約6割しか完成していないことを示している。なお、平成9年度(1997年)の整備状況は、進捗率43.6%(総延長2256.3km)だった。 このように、目的の不明確な事業が次々と公団によって所管され続けている。これらは、緑資源機構(旧・公団)の保身(延命)のためだけに行われる事業ではないのか。全体像について、きちんとした数値に基づく科学的な見解を示してもらいたいと考える。 葉山の自然を守る会(山形県): 葉山の自然を守る会(原敬一代表)は、1986年(昭和61年)3月の守る会結成以来12年にして、大規模林道・朝日〜小国区間(真室川〜小国線)の工事中止を勝ち取り、核心部分の白鷹工区(葉山区間)は廃止と決定した。建設予定地は、花崗岩が深層まで風化している地帯であり、真砂状の脆弱な地層は崩落しやすいとされている。 1995年7月には、大雨が原因で工事中の道路が約30mにわたって剥ぎ取られ、谷底に流出してしまった。さらに、残工事を終了後廃止された区間で、集中豪雨による崩壊(2004年7月)があり修復工事を行っている。全く利用価値のなくなった大規模林道が、自然破壊を誘発しながら、工事終了後も血税を飲み込み続けているのだ。 なお、当地では2003年4月1日に保護林の一つである森林生態系保護地域(朝日山地森林生態系保護地域 69,954ha)が設定された。フレデリック・ユーテック主任研究員(カーネギー自然史博物館)は、葉山ブナ林調査(河野昭一京大名誉教授)1996年にも参加している。そして、「日本のブナ、特に山形、秋田の森は多様性があり、風格が全然違う」と述べている。葉山ブナ林は、クマタカ、イヌワシの舞う豊かな森でもある。 1996年12月20日、 大規模林道問題全国ネットワークの集い: 第一回大規模林道問題全国ネットワークの集いは、1993年6月26日〜27日に山形県長井市と白鷹町を会場にして開かれた。そして、1995年6月24日〜25日には、東京で全国大会(第3回)を開いている。東京大会では、加藤彰紀・大規模林道問題全国ネットワーク事務局長を中心に準備が進められ、代表世話人には、大石武一・元環境庁長官などが名を連ねている。そして、1999年9月には、大規模林道問題全国ネットワーク編「大規模林道はいらない」緑風出版を刊行している。 2001年10月6日〜7日には、広島で第9回大会が開かれた。この時初めて、「森と水と土を考える会」が1990年年5月の結成以来訴え続けていた細見谷は、全国的なネットワークとつながりをもつようになる。そして、広島大会の翌年から、植物に関しては、河野昭一・京大名誉教授を中心とした本格的調査が開始された。金井塚務・広島フィールドミュージアム(当時・宮島自然史研究会)会長のツキノワグマをはじめとするほ乳類の調査も追って開始されている。 広島での二回目の大会(第14回大会)は、2006年6月10日〜11日に開かれ、全国から多くの人が参加した。そして、細見谷現地観察会(10日)に続く夜の交流会では、山を考えるジャーナリストの会 に所属する方などと名刺交換をして、私はその場で本書出版の意思を宣言した。 翌日(11日)の集会では、「大規模林道はいらない」の共著者のほとんどの方やその他の方が登壇してお話をされた。また、藤原信・宇都宮大学名誉教授は、これを機に大規模林道問題全国ネットワーク代表委員を勇退(1931年生)することになった。
図:7林業圏域(山地)の位置図(緑資源機構HP)
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