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<伝説の延長18回決勝戦、再現される>

1969年(昭和44年)8月18日、「延長18回」引き分け再試合(伝説の決勝戦、松山商業VS三沢高校)は私に強烈な印象を今でも残している。私は甲子園に行ったことはない。もちろん試合に出たことなどないし球場に足を運んだこともない。だからこの試合はテレビで見た。

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松山商業(愛媛県)・井上明、三沢高校(青森県)・太田幸司、両投手の投げ合いを軸とした両チームの攻防はすざましく、お互い絶体絶命のピンチをしのぎながら、ついに「0−0」のまま延長18回、4時間16分の死闘は終わった。

翌日の再試合では、松山商業は井上・中村哲の両エースの継投、対する三沢高校は大黒柱太田の4連投(実質5連投)に頼らざるを得ず、地力に勝る松山商業が「4−2」で勝利をおさめ、深紅の大優勝旗を手にした。

そして、太田幸司は”最も美しい甲子園の敗者”となった。

1999年(平成11年)11月6日午後、甲子園球場で、松山商業−三沢高校の試合が再現された。当時の両校ナインがそれぞれ母校のユニフォームに身を包み、30年ぶりに再会したのである。

井上・太田の両エースは5回までを投げ、その時点では「5−7」で三沢高校2点のリードであった。しかしその後、松山商業が「13−8」と逆転し、またしても勝利を得た。

この試合の「MVP」は、松山商業・三好威徳マネジャー(当時)だった。6回から井上投手をリリーフして2イニングを完璧に押さえ、勝ち越しのタイムリーヒットを放ったりと大活躍した。30年前はベンチ入りできなかった彼の言葉は、「30年間、この日を待っていたんです!」であった。

なお、深紅の大優勝旗は未だ白河の関を越えたことがない。

<太田 幸司(おおた・こうじ)>

1952年1月、青森県生まれ。
1969年夏、甲子園準優勝(三沢高校エース)
1970年、近鉄入団。その後、巨人、阪神に移籍する。
1984年、引退。通算58勝85敗4セーブ。

参考文献:
田澤拓也(ノンフィクション作家)の次の2点
最も美しい甲子園の敗者、敗因の研究(日本経済新聞社刊)1999年収載
30年目の再々試合 熱く、日本経済新聞、1999.11.12(金)文化欄


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