| AKIMASA.NET >> 団塊の世代一代記 <同級会−高校時代> 2005年07月30日(土) 高校時代の恩師を囲んで同級会が広島市内で開かれた。担任の瑞宝章(瑞宝小綬章−旧・勲四等瑞宝章)拝受を祝ってのものである。 先生は我高校赴任2年目から、1学年・2学年・3学年を通して担任を務めている。1・2学年は持ちあがりで3学年でクラス換えが行われた。したがって、当日の参加者は、1・2年の時の同級生(私を含む)、あるいは3年の時の同級生に分かれる。 2005/08/03、完成 サイト内関連ページ: もちろん、1・2・3年と3年間を通して、この担任のクラスだったメンバーがいる。 さらにいえば、別の担任のもとでクラス替えの後もいっしょになった、あるいは、クラス替えの前からいっしょだった、という人たちも当然いる。 受付で幹事の一人が親しく話しかけてくれる。高校に入学してすぐのクラス編成でいっしょになり、出席番号(あいうえお順)が近くて、よく話をしていた男性だ。 ここ十数年で2度ほど、学校全体あるいは学年全体の同窓会(同期会)が開催されている。その時、出席していたメンバーの顔と名前は一致する。ただし、60歳を前にしてその境遇にはいささかの変化が見られ、早期退職で悠悠自適の男性や、高齢のご両親のお世話が大変という女性など、さまざまである。 同窓会に出席すると、その当時、自分の知らないところで結構見られていたんだなということを感じる。高校の同窓生の中には、私と同じ小学校、中学校を卒業している人たちもかなりいる。女性陣からも中学時代にいっしょだったという話題がでる。 そうした中で、ある男性から、私が小学校4年の冬に転向してきたころの印象を話していただきびっくりする。小学校4年の時その方と同じクラスで、高校1・2年でまた同じクラスだったことを一瞬思い出せなくて失礼をしてしまう。 続けて、私の胸のバッジを見て我が社の有力商品(内服セフェム系抗生物質)の名前を指摘されたのにはまいってしまった。(仕事着のスーツをそのまま引っ掛けて出席していたのだ) 林業関係者がいた。十方山林道問題についても知っていた。既存未舗装の林道を拡幅舗装化する是非をめぐっては立場の違いというか、個人的な考え方の違いがある。様々な思いを語ってくれた。しかし、ここではこれ以上は書くまい。 先ごろ、我ホームページ内の"坊がつる讃歌"(団塊の世代一代記)Akimasa.Netの文章を完成させるにあたって、作詞者の一人を知っているという 大分市内在住の方に、細かい情報をいただいたことがある。その方と我中学・高校の陸上部キャプテンが、四国の大学で同級という不思議な因縁でつながっていた。 その陸上部キャプテン(3年の時の担任組)も元気良く出席していた。少し前に、大学の恩師の拝受を祝う会があり、その方と再会したという。"坊がつる讃歌"をめぐって私の話も出たようだ。 今日の幹事からは、運動会のリレー競技でいっしょに走ったことがあり、その時全く差が開かなかったといわれた。クラブ別対抗のことのようだ。私は陸上部で単パンになっているのに、彼は長ズボンでもスピードに差がなかったということらしい。 その幹事から我が家に電話があり、この会のことを知った。案内(往復ハガキ)を出したが戻ってきたという。幸いなことに電話番号は転居前と同じで連絡がついてよかった。同窓会事務局に転居通知を出していなかったのだろうか。確認しておく必要がありそうだ。 2次会はスナックでカラオケ大会。最初の歌は、舟木一男の"高校3年生"だ。この曲は、第5回レコード大賞新人賞(昭和38年、1963年)を受賞しており、翌年の夏、我々が高校2年生の時の修学旅行時分にも随分と歌われていたものである。恩師はマイ・ウェイを歌う。定番のようだ。 小学校卒業時同じクラスで、高校3年間を通して、これまた同じクラスという男性がいる。小学校時代にはよく相撲をしていたものだ。その話をしたら、相手はあまり記憶にないようだ。逆に、こちらは高校3年の時もいっしょだったかな、と答えてしまう。 ある一時点だけでなく、小学校高学年、中学・高校と通して記憶が渾然一体となってしまっている。その彼が、二次会では、はい、次に歌って。こっちの席に座りなおして。と、てきぱきさばいてくれる。気持ちがよい。 何はともあれ盛会でした。幹事の皆様方ご苦労様です。そういえば、今年の日本薬剤師会学術大会(第38回)は広島で開催される。その時、私にも同窓会幹事をやらせろ、という話が出ているらしい。開催日は10月9日(日)〜10日(月・祝日)だ。忙しくなりそうである。
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